空間が凍りついた。
無言の重圧が場を支配する。
宵闇の静けさが依り一層険しくなり、体中に針が刺さるような錯覚を覚えた。
突き刺さるような目線が、痛い。
志貴は乾いた笑いを浮かべることもできず、
久しぶりに七夜でるか?と思うには十分だった。
「シオン、貴女まさかとは思うけど。」
ギロリと、秋葉の眼が修羅に代わる。
なまじ髪が赤くなっていないのが微妙に畏怖を与えた。
「ならば、秋葉の部屋でよろしいのですか?」
「うっ。」
半眼で聞き返すシオンに気圧され、秋葉は一瞬たじろいだ。
もちろん理由があってのことである。
現在の秋葉の部屋は、到底客を招くことができない。
学園の友人なら招くことはできるだろうが、
シオンを招くのは少し抵抗がある。
一端は、学園の後輩である娘から預かった書物にあった。
眼の大きい小動物のような後輩が、この時ばかりは憎憎しく思えてきた。
いっそ書物を全て捨ててしまおうかと逡巡する秋葉。
「私とて親しい友人の部屋に招かれるのは嬉しいのですが…」
追い討ちをかけるシオン。
すると、またしても秋葉が唸る。
部屋にある山のように詰まれた本の山と今宵を天秤にかけた。
「い、いいわ、兄さん、シオンに手を出さないでくださいね!!」
羞恥のために顔を真っ赤にして、秋葉は忙しなくかけていった。
そんな秋葉の背中を見て、シオンは人知れず勝ち誇ったような眼をした。
分割思考を最大限に使った策であった。
【シオンの苦難】
第七話「この小説はあくまでも一般向けでございます」
まるで獰猛な獣を心臓と言う檻に入れたようで、胸ははちきれんばかり。
一張羅である服を脱ぎ、女性らしいラインがあらわになる。
しんと静まった空間の中、衣擦れの音だけがやけに大きく響いていた。
シオンは髪を解いて、トラベルバックの中を漁った。
やはり、衣服の類はなかった。
洗面用具はあれど、寝間着はない。
シオン以外誰もいないこの部屋の中で、彼女は一つ長い溜息をついた。
――――
どうかしている。
心の中にその言葉が繰り返される。
アトラスの名誉、アトラシアの名をもっている自分が、 思いを寄せる男性の部屋に入っただけで動悸がとまらないなどと。
志貴の使う机、志貴の使うベッド、志貴の使う制服。
志貴の匂いが染み付いた空間の中、シオンはまたも大きな溜息を吐いた。
理論的にこの不可解な感情を説明できない。
ならばこの奇怪な思いはなんなのだ、本能だろうか。それとも女の性か。
思い悩み、眼を泳がせていると部屋の壁に引っ掛けられた一枚のコルクボードに眼が止まった。
注意深くそれを見ると、写真があふれるほど貼られている。
枠外に飛び出た写真さえあるのが、また顕著に主の性格を現していた。
ふと、写真の中の人物を見る。
アルクェイド、シエル、秋葉、翡翠、琥珀、秋葉の学友と思われる女子3人、 志貴の友人であろうオレンジ色の髪をした不良のような男。
その誰もが幸せそうな表情で写っている。
秋葉の学友を除く女性全員は、それこそ至福の笑みを湛え、 その人がどれだけ幸せであったかを思い知ることができた。
未だ良く知らないアルクェイドやシエルが志貴を挟んでにらみ合っている写真もあれば、 志貴の後ろからアルクェイドが抱きつくようにして無邪気な笑顔を見せる写真。
滅多に着る事が無い活動的な衣服の秋葉。
真っ赤な顔で怒っているのか照れているのか解らない琥珀。
翡翠が猫を抱き上げている写真や、 シエルがカレーの皿を2桁まで積み上げ、満足そうな顔をしているものも。
最初は真祖の姫と埋葬機関第七位が同じ場所に定着していることに驚いてはいたが、 今なら理由がはっきりとわかる気がしていた。
それに、二人とも先入観の人物像とは全く違う。
納得のしようもあるというものだ。
―――
いつか、私の写真もこのボードに張られるのでしょうか。
首を擡げた思いに、赤面する。
それから、シオンはクローゼットの中にあるワイシャツに手を伸ばした。
「志貴、着替え終わりました。」
ワイシャツを羽織ったシオンがドアの外で待っていた志貴に声をかけた。
彼は短い返事を返すとドアノブをひねった。
「大分時間掛かったけど…って、なんでワイシャツ?」
扇情的な格好のシオンを見て、志貴は嘆息する。
下着の上に男のワイシャツを羽織るなど、恥ずかしいとは思わないのか。
志貴は前々から思っていたが、なぜ女性は自分のワイシャツを着たがるのか。
鈍感の絶倫超人が気づくはずも無いが。
「比較的機能性に富み、吸汗性も良く通気性も申し分ない材質であるというのが私の結論です。」
「難しいな。」
告げて、シオンは翡翠が整えたベッドに向かった。
格好からして、とても嫁入り前の女性がすることではないのでは、と志貴は思う。
「もしかして一緒のベッドで?」
「イヤですか?」
相変わらず、シオンの言葉は明瞭だ。
彼女も顔が熟れたトマトのように真っ赤で、 俯かないために少々怒っているようにも見える。
「いや、それはこっちの台詞。」
「私はかまいません。」
やはり即答。
「うーん、じゃあ、いっか。」
こんな時だけ無邪気になる絶倫超人、恐るべしである。
ベッドの上に胡坐をかいて座る志貴に対し、シオンは肩まで毛布をかけた。
二人のポジション的に、夜寝る子供に父親が童話を聞かせるような感じを受ける。
生真面目な性格どおり、ボタンを全て閉じているワイシャツを羽織るシオンだが、 大きさの違いで袖は2割ほど長く、裾は彼女のスカート以上にあるくらい。
髪をといたというのも新鮮で、二人きりと言うことも起因してか、 気分は高揚するばかり。
地を駆けずり回る犬に羽をつけたよう、とはよく言ったものだ。
どこまでも高く舞い上がる、心地よいほどに。
「それで、他の者達は何と言ったと思います?」
「うーん、なんだろう?答えは?」
「悪いのはお前じゃない、お前の手だ、なんていうのです。」
「あははは。」
会話ができずに間が持たなかった昼とは違い、今は何故か話題があふれてくる。
アトラスで学んだこと、途中立ち寄った国で珍しいことがあったなどなど。
そのほかにも、随分と対人関係が豊かになったらしく、笑い話も多々合った。
夜は人を饒舌にするというのは、やはり狂言ではなく真実のようだ。
「と、話が過ぎたようですね。」
ふと、シオンが静かな口調でいった。
一瞬の間の後、志貴が時計を見ると既に日付が変わる寸前。
「寝ましょう。これ以上は明日に障ります。」
「そうだね、明日はシエル先輩とデートだし。」
「…。」
志貴の考えなしの言葉に、シオンは顔を顰めた。
彼はアルクェイドの寵愛を受けているのに、こういったことに鈍い。
誰にでも優しい代わりに誰にでも残酷。
女性と共にいるというのに、他の女性の話をするとは何事か。
嫉妬とも憤怒ともつかぬシオンの眼が志貴に向かう。
だが、標的たる志貴は眼鏡を外して毛布にもぐりこんでいる最中だった。
遠野の屋敷にあるベッドは大抵大きい。
洋館ならでは、といったところか。
「全く、貴方と言う人はこれだから愚鈍なのです。」
「ん? 何?」
「何でもありません。」
目を閉じたまま聞き返してくる志貴に、
シオンは背を向けて答えた。
が、その顔は未だ赤みが抜けていなかった。
思考の海に落ちる。
イメージするのは七人がけの円卓。
暗闇の中、漠然とした想像から個を作り、次第に輪郭を明確にしていく。
『えー、これより第一回分割思考会議を始めたいと思います。』
明瞭な言葉の調子で、分割思考一番が高らかに告げた。
円卓には全員で七人が座っており、皆が皆同じ服装をしていた。
…否、六番だけワイシャツを羽織っていた。
沈黙を守る分割思考達。
それぞれの顔はこれ異常ないくらい真剣さに満ちていた。
『では議題を、五番お願いします。』
一番の呼びかけに、五番が立ち上がる。
彼女は手にクリップで閉じた書類を持ち、落ち着き無い様子で眼を泳がせていた。
『えと…今回の議題の前に、状況の確認をします。』
いつの間にかわたっていた資料が分割思考達の手元に置かれ、
各々がそれに眼を走らせる。
『気温十五度、湿度四十パーセント、天候は曇り。全体的に不快要素はありません。』
コホン、と咳を一つついた後、五番は続けた。
『尚、直隣に遠野志貴が…あの、寝ています。』
『異議あり、まだベッドにもぐりこんでから三十八秒しか経過しておりません。』
口どもった五番に対し、三番が淡々とした調子で告げる。
『なら寝てないってことね。五番の報告に訂正、直隣の遠野志貴は横になっています。』
『ごめんね。』
訂正した四番に謝罪を入れる五番。
普段は無責任な姿だが、こんな時はしっかりしている。
『じゃぁ寝込みを襲うってことも可能なわけですかー?』
『黙りなさい。』
飄々とした雰囲気のまま、六番が全員を見回すが、一番がそれを諌める。
短い舌打ちの後円卓に突っ伏した六番は大きな溜息を吐いた。
『かといえ、このまま睡眠に入ってしまうのも錬金術師として失格では?』
六番の様子に呆れた顔を呈しつつ、二番が含みのある顔で笑う。
『どういうことですか?』
耳に引っかかった科白に顔を顰め、議長である一番は問うた。
そんな彼女にますます笑みを深めた二番は、口の端を吊り上げた。
訝しげに二番を見る一同を見回した後、二番は呟いた。
『私の入手したデータでは、志貴の寝つきは良いが寝起きは最悪。明け方などは飛行機の発着場でもおきない様な筋金入りです。』
『あー、それ私が集めた奴。』
三番が野次を飛ばすが、それを歯牙にかけない様子で二番は続けた。
『ならば、寝ている時にナニをしようと覚めないわけです。』
『『『『『『おおおー』』』』』』
感嘆の溜息を禁じえない一同に、にやりと笑う二番。
『よって、睡眠に入った遠野志貴の顔を観察した後、美味しく頂く『ちょっと待った!』』
朗々と語る二番に、今度は七番が異を唱えた。
『寝ているところをどうにかするなんてフェアじゃないわ。』
『あーたに言われたかないわ。』
ブー垂れ始めた六番を無視。
『だから、今、愛を語ってハートをゲットするのが良作でしょう。』
『それは一理ありますが、ムードも何も無いじゃないですか。』
一番は七番の様子に憮然とする。
『いえ、遠野志貴の体に抱きついて行えば撃墜率は九割を超えるとシミュレートされました。』
『『『『『『おおおー』』』』』』
九割とは、かなり魅力的な数字である。
驚きと賞賛を含んだ吐息を交え、六人は七番に羨望の眼差しを向けた。
『ぅふっ、そこからは寝かせないわ…あぁあ…』
『だめだこりゃ、完全にあっちの世界に行ってる。』
途端に憮然とした顔をする六人を代表し、
六番が呆れた溜息を隠すことなく吐き出した。
『しかし、九割は捨てがたい…。』
立ち直った一番が思い出したように呟く。
『ですが、ヤり過ぎると翌日に響きますよ〜。』
四番の具申に、一同は再び頭を抱える。
『だ、だったら今、こ、ここ、告白してみてはどうでしょうかっ!?』
『あら、珍しく強気じゃない五番。』
二番が挑戦的な眼を向ける。
しかし、その中には不の感情は入っておらず、むしろ賛同の色が見えた。
『で、後から遠野志貴が求めてくるようになると?』
ニヤリと笑う二番。
『いやーん、ケダモノ〜♪』
『『『『『だまらっしゃい!』』』』』
スパーンと、不埒な発言をした六番の頭部に六発のハリセンが叩き込まれた。
チタン製の物が一つ混じっていたため、六番はそこから一言も喋らなくなった。
『でも、五番の提案はノーリスクハイリターンですね。』
置いていかれそうになっていた一番が、光沢のあるハリセンを捨てて円卓につく。
『一回多数決をとります、5番の提案に賛成の者は挙手を。』
周囲を一瞥し、一番は大きく息を吸い込むと高らかに叫んだ。
『満場一致で、五番の提案を了承します!』
わぁっと歓声が上がった。
…四番と二番が倒れた六番とイっちゃってる七番の右手を挙げていたというのは…錯覚だったのだろう。
毛布の肌触りが心地よい。
心臓の鼓動と衣擦れの音しか聞こえない空間で、
シオンは寝返りを打ったふりをして、志貴の背中に肉迫した。
それから、大きく息を吸い込んで、志貴の脇下から手を差し入れる。
更に、足を絡めてホールド。
だが、ここまでして志貴は何も抵抗を見せない。
「志貴…」
熱っぽい声を上げ、シオンが志貴の体に密着―――――――
「おはようございます志貴さ…ま゛っ!?」
することはなかった。
時計の針は朝七時。
どうやら脳内会議で時間を使いすぎたらしい。
後書き
長ぇなぁ会議(汗
シオンはキャラが扱いやすいですな。
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