「貴方達も、今日は座りなさい。」

「「はい、秋葉様。」」

秋葉の声に呼応する翡翠と琥珀。
彼女達とシオン、そして志貴は今同じテーブルについていた。
長方形の長いテーブルではあるが、その上には豪勢な食事が載せられている。

洋館よろしく、遠野の家は主に洋食を食卓に乗せる。
志貴は和食派なので、志貴が帰ってからは先に食事の内容を琥珀が尋ねるようにしていた。
秋葉の場合、あまり和食を好まないようなので洋食が主だったが。
しかし、そこは屋敷の厨房を預かる身。
琥珀の料理の腕は一人前どころか二人三人前であった。
和食はもちろんのこと、洋食、中華、フランス料理、何でもござれ。
時には茶目っ気たっぷりな顔で世界の料理を出したりすることもある。

まぁ、時々変な物が混じってはいるが、それを差引いても琥珀は素晴らしい。

「では、いただきましょうか。」

「「「「いただきます。」」」」

5人の音色が聞こえた後、そこからは食器が重なり合う音が響いた。











【シオンの苦難】

第六話「再会のち」













先刻、志貴の貧血騒ぎは終わり、今はシオンの歓迎会ともいえる食事が開かれている。
シオンは最初、目の前に置かれた食事に驚いていたが、 秋葉がシオンを招待した、と名目に掲げられていた。
つまりは、再会を祝してということだろう。
騒ぎの後に軽い挨拶を済ませてはいたが、本題を切り出していなかったため、 シオンは秋葉に悪い気がしたが、秋葉がそれは食後にしようと提案したので今に至る。

「志貴は夏から今までどうしていたのですか?」

思い出したように、シオンが尋ねた。
尋ねられた志貴はと言うと、頭をひねって考えた素振りを見せた後、曖昧に笑う。

「うーん、変わりないかな。変な騒ぎもないし、平穏そのものだよ。」

「あら、兄さんの口から平穏と言う言葉が出るなんて思いませんでした。」

平穏、という言葉が引っかかったのか、秋葉は令嬢の仕草で溜息をついた。

「壊れた屋敷を片付けるのは翡翠ちゃんなんですよ?そこを忘れないで欲しいですー。」

琥珀が口を挟むと、翡翠もうなずく。
そんな二人を見て、苦笑いを浮かべる志貴。
そして、そんな志貴を見て「ああ、変わってないな」と笑うシオン。

「そういえばシオン、大きなトラベルバッグを持っていたけど、アレは何?」

ふいに、秋葉が問う。
シオンはその言葉に手を止めると、秋葉に向き直った。

「それなのですが、これから二ヶ月ほど…この家に住まわせていただきたいのです。」

「いいわよ、翡翠が忙しくなってしまうかもしれないけれど。」

申し訳なさそうに呟くシオンに、秋葉は翡翠を見ながら苦笑する。
元々大人数が勤めていた遠野の屋敷。
メイド二人に主人二人ではどうしても持て余してしまう。
個人にしては広い部屋が、今のところ物置にもならずに放置されていた。
たまに翡翠が掃除をすることはあるが、まずは屋敷優先なので手入れも行き届いていない。

「大丈夫です。」

「迷惑をおかけして、申し訳ありません。」

「私と貴女の仲じゃないの、遠慮しないで。」

秋葉が優しい笑みを浮かべた。
その顔は、例えるなら小さな子供が何か施しを行うような。

「ありがとう秋葉。」

あまり硬い表情を崩さないシオンも、小さく笑う。
そこに目ざとく秋葉が何かを見た。
数瞬、ナイフとフォークを止めて訝しげにシオンを見る秋葉。

「あの、何か?」

険しい表情のまま、じーっと見つめられることに慣れていないらしく、 シオンは首をかしげた。

「…貴女、少し変わったわね。」

キョトンとした顔を無防備に晒すシオンに向かって言葉を投げる。

「そうですねぇ、やはり恋する乙女は綺麗になるってやつですかぁ?」

ニヤニヤとした笑いを全開にして顔を正面に向ける琥珀。

「こ、っ恋など私には不要、不毛です!」

威勢良く叫んだ後に、シオンは俯いてゴニョゴニョと不明瞭な言葉を繋げていた。
そんなシオンを見て、琥珀はブラフに手応えを感じ確信した。

視線が食卓について中華を食べている志貴に向かったり、
徐々にシオンの顔が赤みがかっていったり。
もっとも、鈍感の名を欲しい侭にする志貴は視線にも気づかないが。
それ以前に、琥珀はシオンが少しながらも見違えるほどに変わったと感じていた。
艶を帯びた紫糸のような髪、しっとりとした肌。
微かに香るフローラルの香り、表情。

それが、自分にもあった変化だと懐かしみながら。

だとしたら、それを見せたがっている人物も想像が付くと言う物だ。
久々に、割烹着の悪魔が鎌首を擡げた。

「ですって、志貴さん。」

「なぁっ!?」

「ん、俺?」

クツクツ笑う琥珀に、明らかにうろたえるシオン、重ねて前菜を片付ける志貴。
そして、翡翠と秋葉の眼からは穏やかさが消え去る。
一転して流れ込んだ些細な怒りの矛先は、やはり志貴だった。
突き刺さるような視線には流石の志貴も気づいたのか、
翡翠と秋葉を交互に見やった後、戦々恐々とした眼で溜息をついた。
…無論、心の中で。

「ちがっ、違います!私は単に香水を使ったなど髪の手入れに気を使ったとか下着を少し高い物に替えてみたり生まれて初めて化粧をしたなんてことは…!」

「あはー、わかりやすいですねー。」

真っ赤になって必死に言葉を並べ立てるシオンに、 琥珀は親近感と言うか、妙な感覚を覚えた。
似ている。
そう、感情を表に出し始めたことだけではない。
恋慕を寄せる相手にわからないような、ほんの些細なことをすることが。

琥珀自身、恐らくシオンの想い人と同じ人物に思慕を寄せる。

その者は、己が一番脆く危険な存在だと言うことも顧みない、大ばか者。
自分が辛い思いをしても、それを億尾にも出さずに笑う。
それなのに、底抜けに優しい。
だから、琥珀はシオンが彼に惚れたのもわかる気がする。
何せ、自分がその男にこんなにも思いを寄せているのだから。

その幸せ者は今、秋葉と翡翠の睨みに冷や汗を流して情けない顔を呈している。
ここら辺で助け舟を出しておくべきだろう。

「さぁて、そろそろとっておきを持ってきますね〜。」

「とっておき?」

オウムの様に聞き返す志貴に、作ラレタ笑顔にはない暖かい笑みを向けた。

「ええ、今頃から出しておけば食後のデザートとしてばっちりです♪」

「デザート…ですか?」

「はい♪」

ふふん、と胸を張って腰に手を当てる琥珀。
聞き返したシオンも、流石に女性。
昼に食べたラズベリーパイも十分に美味だったが、
琥珀の腕はそれをも凌ぐと分割思考二番が告げていた。
六番が「志貴に口移ししてあげるのー」とか喚いていたが、無視を決め込んだ。
四番が食べたがっていたので、シオンは問うた。

「ちなみにそのデザートとはなんですか?」

「少し冷えたチーズケーキですよー。」

陽気に答えたまま、彼女は小さくかわいらしい足取りで皿を片付け始めた。

「では、私は紅茶の用意を。」

律儀に一礼して、翡翠が立ち上がる。







程なく食事は終了し、翡翠が盆に食器を載せて下がる。
変わりにテラスのある広間に場所は移り、慣れた手つきで秋葉が窓を開けた。
途端に宵の香りが吹き込み、心地よい風が舞い込んでくる。
そろそろ夜が更けるころか、空には月が煌き、 時折流れる雲が薄霧のように光をぼんやりとした物に変えていた。
それがまた、感慨をもってくる。
夜と言うものは、こんなにも穏やかなものだったのかと。

「もう秋も終わりね。」

晩秋は過ぎ、そろそろ雪の舞い降りる季節が到来する。
冬が過ぎれば春が来て、春が来れば進級、卒業の時期だ。
思えば去年の夏から、彼彼女たちの運命は大きな渦を通ったのだろう。
動乱、戦い、怨嗟、恐怖、それらから勝ち取った今。
今年の夏のような一抹の不安はあるものの、至って平和。
死屍累々の戦場を駆け抜けてきたからこそある今。
充足した毎日の貴重さを噛み締めるには、いい機会であった。
凪いだ風が、再び秋葉の頬を撫でる。

伴ってすくわれて行く日本人形のような美しい黒髪。

「そうだな。」

答える志貴の言葉に愁いは無い。


「今年中に雪が降ったらスキーに行きませんか?シオンも。」

「ええ、楽しみです。」

「ああ。」








五人でソファに腰を下ろし、香り立つダージリンティーを一様に啜っている最中、
思い出したように秋葉が切り出した。

「そういえば、二ヶ月滞在すると聞いたけど…また何かあったのかしら?」

「いえ、今回は研究のためです。」

潜めた口調が、思いのほか明るい言葉で返されたことに秋葉は安堵する。

「それと、休暇ですね。」

「「「へ?」」」

ポツリと呟かれたシオンの言葉に、翡翠を除いて全員が疑問の声を上げるのは瞬間だった。

疑問というのは、不可解なものに向けるわけであって、 想定外のことに対しても不可解であるといえる。
つまり、シオンが休暇などと言った言葉を使うことは、誰も考えていなかったわけで。
「短期的に大脳を休める」だの「英気を養う」だののワードが含まれていないことが、 彼女の口から出ると思わなかったのだ。

「今まで穴倉に篭りっ放しだったので、羽を伸ばそうと思いまして。」

ソーサーにカップを置いて、淡々と語る。
その途中にも、ちらちら志貴を見ながら。
…ここでも、やはり割烹着の悪魔はニヤリとしていた。

つまるところ、シオンは志貴に惚れているのだろう。
これは間違いない。
そのために二ヶ月休みを取ってあいに来るとは、なんと初々しい。
一方で、琥珀はそれを口には出そうとしなかった。

「へぇ。」

で、朴念仁は気づくこと無し。

「それと、成績の芳しくない志貴の家庭教師…というのも必要なら。」

「それはいい考えね。」

微笑気味に言うシオンと含みのある笑いを見せる秋葉に、志貴は乾いた笑みを洩らす。
現実、成績がぎりぎりの少し上くらいしかない志貴にとっては嬉しい話だろうが、
勉強が得意でも好きなわけでもない。
此処最近は安定してきていた学力だが、去年は酷かった。
留年スレスレで友人の有彦に馬鹿にされ、猛烈にがんばったものだ。

「…お手柔らかに頼むよ。」








時計の針が九時を指すころ、いつもより賑やかなお茶会はお開きになった。
片付けに回る琥珀と、部屋を掃除する翡翠、志貴、秋葉、シオンに別れ、 テラスの前のテーブルは急に寂しさを漂わせていた。








廊下に足音が染み渡る。
これからシオンの部屋になる一室を整理しに行くわけだが、 翡翠は最初譲らなかった。
しかし、シオンが片付けに加わると言い出したので已む無く了承。
志貴と秋葉はそれについてきた形になる。
「出来るだけ便の良いところを希望します。」
とのことで、翡翠は要望を頭に入れて部屋を選定した。
志貴の部屋の隣だと知ったとき、シオンが嬉しそうな顔をしたと言うことは、おまけとして書いておく。

部屋を開けると、少々埃を被っていた。

掃除が出来ずとも換気はしているのでカビなどが生えることは無かったようだ。
ベッドメイクされたままの布団はまさに埃だらけ。

「今日中には…無理ですね。」

翡翠が顔を顰めて呟く。

「明日私が掃除します。」

翡翠の言葉に、シオンが答えた。

「そうですか、では掃除用具などは後ほど此処において置きます。」

そう告げると、翡翠は下がった。








「問題は今日の寝床をどうするか、ですね。」

神妙な顔つきで呟くシオン。

「私の部屋は…少し散らかってるわ。」

こんな時に限って自室の整理をしておけばよかったと、秋葉猛省。

「では志貴の部屋に泊まるとしましょう。」

なんでもないようで、かなり平静を装って呟いた言葉。
…さりげなく、爆弾発言だった。
















「「えぇぇぇえぇぇええ!?」」

















「…(照れ)」
















後書き



ふふふふふふ(ニヤリィ

修羅場とて、大事な伏線である!(叫
ひたすらシオンと思っていたけど、あまり出てないキャラもだそう。

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