「ふーんふーん、ふーんふーん♪」

軽快な鼻歌が町並みを流れていく。
…比喩ではない、本当に流れていくのだ。
その所以は屋根から屋根に飛び移る人影にあった。
均整の取れた美しい顔、飛び上がる際に纏わりつく白いサマーセーターと臙脂色のスカートに浮かび上がるしなやかな体。
ブロンドに輝く頭髪と、深紅の瞳。
人ならざるものの美しさを持った、真祖アルクェイド・ブリュンスタッドの姿。
彼女は持ち前の跳躍力をいかして帰宅している途中だった。
誰もが奇異な視線を向けるはずだが、そのあまりの速さで瞬きする間に見逃してしまう。
ふと、アルクェイドは見知った後姿を商店街に見つけた。

まぁ、お互いいがみ合っている仲だが、ここで脅かすのも悪くない。

アルクェイドは悪戯を思いついた子供のように笑い、商店街の路地裏に降りた。
着地した後は尾行モードに変更、抜き足差し足忍び足である。
こそこそと蓑がくれを繰り返し、目標が店先で足を止めると、
一気に飛び出して後ろにつける。
幸いショーウィンドウではなかったため、反射で見えることはない。
アルクェイドは軽く息を吸い込んだ。

「こんなところで何やってるの、デカ尻エル?」











【シオンの苦難】

第四話「彼女達は思う」












「…なんですか、アルクェイド?」

うんざりした顔で振り返るシエル。
アルクェイドはというと、シエルの面白くない反応に頬を膨らませていた。

「何よー、声かけてやったんだからもう少し面白い反応したらどう?」

「生憎、私は今忙しいんです。」

「忙しい?」

ヒョイと背伸びをして、アルクェイドはシエルの向こう側を眺める。
人参、大根、ジャガイモ、ネギ、椎茸…と、まだ土の残っている野菜が籠に載って陳列されていた。
誰がどう見ても、ここは八百屋だった。

「へぇ、何ここ?」

お互い仲が悪いとは言っても、アルクェイドは好奇心に従順である。

「八百屋といって、野菜を売っている…いわば専門店ですね。」

「ふぅーん。」

シエルの説明に耳を貸しているのか解らないくらい、アルクェイドは物珍しげにあたりを観察し始めた。
欧州で生まれたアルクェイドは東洋の文化には詳しくない。
何かがあるたびに、好奇心を大いにそそられるのだ。

「でー、何やってるの?」

「今晩の夕食の買出しです。」

「どーせカレーでしょ。」

「五月蝿いですね、最近人参がすぐなくなるんですよ…あの馬鹿馬のせいで。」

といいつつも、シエルはカレーの食材、人参玉葱じゃが芋と選んでいく。
1人暮らしにしては量が多い事に微塵も気づかず、アルクェイドは野菜を眺める。
そうしていると、精算所というべきか、レジから恰幅のいい男性が現れた。
背丈は170前後、俗に中年太りといった体型で、顔には愛想のいい笑顔を浮かべている。

「いらっしゃいシエルちゃん、今日もカレーかい?」

その男性に気づくと、シエルは顔を上げて一礼した。

「あ、こんにちわ。今日もカレーです。」

コロコロと笑うシエル。
そんなシエルと男をアルクェイドは不思議そうに見比べていた。
すると男性もアルクェイドに気づいたのか、駄々洩らしていた笑みを引っ込める。

「この娘は?」

「うっ…えーと、友達です。」

「え!?」

アルクェイドが素っ頓狂な声を上げるが、男は気にしない。

「やっぱり類は友を呼ぶ、美人は違うねぇ。」

「あらやだ、おじさんったら。」

頬に手をあてながら腰をクネクネと捩じらせてシエルは答える。

「じゃぁ、これも買っちゃいます。」

「あいよー。」

口がうまいとは、一種の処世術なのか。
シエルは抱え込んだ人参じゃが芋玉葱に更に人参2本を追加した。
緑色のビニール袋にそれらを入れると、男性は更に人参を一本入れた。

「サービス。」

「いつもありがとうございますー。」

ニコニコ顔でシエルががま口財布を取り出し、夏目漱石が一枚飛んでいく。

やはり、こういった地域のコミュニティには商売が欠かせない。
ただスーパーに行けば何でも買えるような時代。
専門店は消えかかっているが、そこにはスーパーの店員とは違った対応をしてくれる人がいる。
マニュアル通りの応対なら何にも支障はないだろうが、いささか人間味にかける。
だから、大型店と地域に密着した小売店では違いが出るのだ。

「さて、買うものも買ったし、帰りましょうかって…あれ?アルクェイド?」

シエルが振り返ると、そこにはさっきまで店内を物珍しげに見回していた金髪美人の姿はなかった。





「友達、か…。」

再び飛び上がり、屋根伝いに帰宅するアルクェイドは先ほどシエルにいわれた言葉を反芻していた。
友達、と言える存在が今までなかったのだから、彼女は友達と言う概念が良く理解できていない。
良く志貴と有彦の悪ふざけは見ていたため、それに当てはめようとしたが、うまくいかない。
アルクェイド自身、自分は志貴と恋人以上だと認識しているし、
シエルは今まで敵として認識してきて、志貴にちょっかいを出すので現在もそう認識していた。
秋葉は法の下で志貴と恋人にはなれないために眼中の外に置き、妹として認識している。
無論、メイド二人も単なる使用人として認識している。
遊び相手と認識していたとしても、今まで友達とは無縁だったアルクェイド。

一瞬だけ微笑むと、彼女は夕暮れの中に消えていった。










赤い夕暮れ、血のように赤い夕暮れ。

子供達は暖かな光に眼を瞬かせ、母親の呼ぶ声に遊びをやめる。
それから、長く伸びた影が大きな影に駆け寄り、嬉しそうに帰っていく。
名残惜しそうに地平線にしがみ付く夕日に別れを告げて。

そして、夜が来る。

だが、本当の闇の調べは聞こえない。
それは夜空の星が、月が、薄ぼんやりとした光を捧げてくれるから。

街頭に照らされ、脚光を当てるかのごとく円形に切り取られたアスファルト。
そんな舞台を転々としながら、志貴は歩き続けていた。
もう少しで坂にいたる、そこまでには…背負っている女性に眼を覚まして欲しかった。
流石に体力がないと秋葉や有彦に詰られる志貴だが、華奢な女性一人くらいは背負える。


アーネンエルベで倒れていたシオンは、酸欠だった。
その後、何度呼びかけても返事がなく、ためしに頬を数回つついてみても反応がなかった。
それから志貴がこうして負ぶっている訳である。


しかし、今頃になってシオンの胸の大きさを知った気がしていた。
…アンダーとトップからしてシオンのほうが数ランク高いと背中で実感したことは口が裂けてもいえないが。

「シオン?シオーン?」

体をゆすりながら声をかけてみる。

「ぅ…」

呻き声が帰ってくる。
二日酔いじゃないのに…と思いつつも、再度トライ。

「シオン?」

「…んっ、志貴の匂い……はっ!」

徐々に覚醒していくに従い、シオンは現状を把握していった。
分割思考を総動員して。





『しっ、志貴におんぶされるなんて…何時の間に?』

顔を真っ赤にして焦る一番。

『あはー、抱きついちゃえー。』

どっかのだれかさんに似てきた二番。
しかし、決定的な違いは顔が真っ赤だと言うことである。

『…このままじゃ秋葉に何を言われるやら…』

至って冷静な三番…かと思いきや、強制的に腕を絡ませている。

『ここはどさくさに紛れてちゅーするとか?キャー!』

ミーハーな四番。

『あぅ…おんぶだなんて、ダイエットしとけば良かったなぁ…』

臆病を通り越して心配性な五番。

『志貴の指が私の太股に…あん、イっちゃいそう…』

身をよじって「検閲削除」のレッテルを貼られている六番。

『これからホテルですか?そうなんですか?そうなんですよね!!?』

鼻息を荒くして「休憩4800円」と連呼しながらトリップを始める七番。







「六番出てこいやぁああああああああ!!!!!!!!!!」


次の瞬間、シオンは無意識にしていた(三番が原因)ネックホールドで、志貴を昏倒させた。












「遅いですね…志貴さん。」

琥珀が溜息を吐きながら、秋葉の前にあるティーカップを取る。

「さっきから溜息ばっかりね、でも、そんなにされているとこっちまで憂鬱になるわ。」

苦笑しながら秋葉は立ち上がり、窓際まで足をすすめた。

お節介焼きの志貴のことだから、また何か厄介なことに首を突っ込んでいるかもしれない。
そもそも、志貴はお人好しが過ぎる。
まぁ、そこが志貴の良い所でもあるのだが。
最近は滅多に帰宅時間を間違えて伝えたことはなかったのに、 今日に限ってはそれを超えている。
季節は冬に差し掛かり、日没の時間も早くなっているというのに。

まさか、と、秋葉の脳裏に嫌なパターンがよぎる。

「翡翠も出て行ったきりだけど、本当に大丈夫?」

急に心配が心を蝕み始めたので、秋葉は二時間前から門に立っている翡翠のことを聞いた。

「大丈夫ですよー。それに、翡翠ちゃんは志貴さんがお帰りになられるまで、ずっとああしていると思いますよ?」

含み笑い、彼女にすると本当に含みのある笑みが浮かべられる。
腹に一物があるのか、それとも女のカンか。
志貴の起床や見送り、果てはベッドメイクや出迎えでさえ、翡翠は嫌な顔一つしない。
というよりは、自ら進んで行うほど。
そのときの仕草からしても、やはり…含みがあるのだが、主人である志貴はそれに気づかないと言う。
使用人に愚鈍と言われる主人と言うのも、いかがなものか。

「職務に忠実すぎると言うのも、考え物かしらね。」

ちらり、と秋葉は琥珀を見やる。

「さて、夕御飯の支度をしなくちゃ♪」

その刺すような視線をひらりとかわし、消えていく琥珀。

「はぁ…」

そんな琥珀の嬉々とした様子に、秋葉は頭を抱えた。
やはり、秋葉の愛する兄、志貴の周りには泥棒猫が多いようだ。
というよりは、志貴の優柔不断によって集まってきたと言っても過言ではないか。
それにしても人外が多い、それ以外でも何か特殊な人間、そう、秋葉のようなものが多い。

なんて、めぐり合わせ。

しかし、志貴自身快活な性格をしてはいるものの、生い立ちには触れたくないくらいである。
類は友を呼ぶ、という言葉が脳裏に浮かぶと、秋葉は思わず苦笑した。







「秋葉様!姉さん!」







その直後に、翡翠の悲痛な叫びが届いた。













後書き

ネタはあれども、展開がそこまで至っていないと言うのは結構辛い。
ああ、シオンメインなのにシオンが疎遠になってきている(汗

…あ(結構後でいろんなキャラ加えてみようかと画策したり)

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