現れては流れていく薄暗い風景。

それも白と緑を湛える針葉樹と、物悲しげな広葉樹ばかり。
その遥か彼方を見れば、薄い灰色の雲がまだら模様を作っている。
月光は淡い雲に隠れて、微かな明かりを地に齎していた。
近景は早く、遠景はゆったりと、彼の前をうごいている。

実際自身は座席に身をおいて、遠くのほうばかりに眼を向けるだけ。
遠野志貴は久々の山並を一望し、口元を綻ばせた。

彼の膝に鎮座している黒猫はというと、これまた幸せそうな顔で転寝ときている。

眼をレンに移すと、志貴は苦笑した。
思えば出かける時に彼女がズボンを引っかいてきたのが意外だった。
途中まで上着の中に入っていて、時たま顔を覗かせる様子には思わず頬を緩ませてしまった物だ。
残念ながら彼女が滑ることは出来ないが、留守を任せて寂しい思いをさせることもない。

「ストレートフラッシュね」

「フォーカード…ですね」

「フルハウスです」

「あはっ、同じくフルハウスですよー」

「くっ、無しです!」

「…ストレート」

はらりはらりとカードを見せていくアルクェイド、シエル、翡翠、琥珀、秋葉、シオン。

「兄さん、兄さんのはどうなんですか!?」

「うわっ!」

なぜかムキになって食いかかる秋葉に、思わず志貴は手札を落としてしまった。
落ちるカードで眼も覚めたか、レンは不機嫌そうな顔をして志貴の膝から降りる。
そんな様に苦笑いを浮かべつつ、志貴は膝の上に落ちたカードに手を伸ばした。

「ろ…」

秋葉の愕然とした声。

「「「「「ロイヤルストレートフラッシュ…!?」」」」」

それに他の女性達の声が重なった。










【シオンの苦難】

第十六話「雪山へ」












例年より遅めの降雪。されどスキー場が喜ぶ大雪で、山々は白粉を塗りたくったように美しく染まった。
流石、零下数度という気温といったところか。
厚ぼったくアイスバーのようになった木々が樹氷になりきれていないのは、風がないせいだろう。
空は雲が端に追いやられて快晴も快晴。
燦々と煌くダイアモンドの白いカーペットが一面に敷き詰められた道には無粋が一つも無い。

そんな真っ白い世界で、金髪と白いスキーウェアの女性がはしゃいでいた。

最初はブーツを履く事すら嫌がっていたくせに、今ではもう板も付けずに飛んだり跳ねたり。
美しい顔立ちが満面の笑みで埋め尽くされていることもあいまって、一つの芸術になっていた。

と、その後ろでは蒼いスキーウェアを纏った短髪の女性がなにやら叫んでいる。

けれども白い女性は、その蒼い女性の絶叫を物ともせずに大きく手を振った。

「ねー、しぃきぃ〜、これ、どうやって遊ぶの〜?」

「そのまえに他人の迷惑をですね、って聞いてるんですかーっ!?」

スキー板、それも彼女の身長より高いスキー板をぶぅんぶぅんと振り回して、アルクェイドはからからと笑った。
一方、シエルは振り回された板の風圧で飛んでくる粉雪に悪戦苦闘。時々眼鏡が真っ白になっている。

そんな二人を遠目で見て、黒いスキーウェアの青年は大きな溜息を真っ白い地面に落とした。
短めの髪と、今時では珍しい黒縁の眼鏡、温厚そうな顔立ちは困ったように俯いている。

「全く、あの二人はどこに居ても変わらないなぁ」

志貴は自らのブーツに板を付けて、ストックを持った。

「きっと楽しみでしょうがないんですよ、ほら。お二人とも良い笑顔じゃないですか」

「そうだけど…、やっぱり変わってないって」

着物や割烹着以外の服を殆ど見かけなかったからか、志貴は傍らの女性の笑顔もこれからのことが楽しみでしょうがない、と言っているように見えた。
琥珀はそのまま後ろの娘をぐぐぃと志貴の隣に押し出して、ニッコリと笑いかけた。

「私たちだってすっごい楽しみでしょうがないんですから」

ね、翡翠ちゃん。とウィンクしてみせる琥珀。

「…」

枯れ草色で、臙脂のアクセントがあしらわれたウェアは似合いで、今日に限って琥珀は白いリボンを付けて来ていた。
変わって翡翠は薄い赤紫の物を着ていて、リボンは普段琥珀の付けているものをしていた。
屋敷を出る時に格好や職務だで散々愚図った翡翠だったが、新幹線に乗る頃には萎縮してしまって剥いていた蜜柑の薄皮まで剥いてしまっていた。


やはり場所が変わると初々しい感じがする。
普段笑みを絶やさない琥珀も、今はその笑みが何処かぎこちない。
翡翠に至っては人ごみが苦手なので、あからさまに緊張してキョロキョロしている。

「人が多いコースは避けたほうがいいわね」

と、今度は赤と白のスキーウェアを着た黒い長髪の少女がついと滑り出てきた。
その髪はしっとりと落ちた絹のような質感で、きりりとした眼と端整な鼻、静やかな口が綺麗に収まった顔。

「一度皆で滑ってから、それからグループなどを作ってみることを考えてみたのですが」

覚束ない足取りで、黒髪の少女の横をよたよたぱたぱたと歩いてくる紫色の髪の女性。
一本に編まれて垂らされた髪は綺麗で、スキーウェアも所々に上品な金の刺繍が施された紫色と白のものだ。

秋葉とシオンはそれぞれ琥珀と志貴の横に着くと、雪山を仰ぎ見た。

吸い込まれそうな青空の前には、真っ白な世界が太陽の光を受けて輝いている。
客も沢山いて、家族連れやカップル。アルペンスキー、ショートスキー、スノーボードと多種多様を極めていた。
雪が降れば、冬の風物詩であるスキーも大衆に思い起こされると言うものだ。

斜面の隅に整然と並べ立てられた鉄柱にはロープが通っており、電信柱のようになっている。
そのロープには等間隔でベンチが吊り下げられていた。
リフトと呼ばれるものだが、斜面が緩く距離が小さい場合は手で掴まって、スキー板を使い上るものもある。
ベルトコンベアのようなものだ。大型のものは4人以上乗れるものもあるし、豪雪、高山地帯ならリフトにフロントカバーがついていることもある。

「どうやら、二人乗りのようですね」

行儀良く二列に並んでいる行列を背伸びで一瞥し、シエルは一同を振り返ってそういった。

「ひいふうみ、七人だから余っちゃうね」

アルクェイドが指折り数えて呟くと、志貴は思案顔で俯いた。

「それじゃぁ公正にじゃんけんで決めようか」

「そうですね、アトランダムなら誰も文句は無いでしょう」

ふむと頷いたシオンの口調に背中を押されてか、志貴も頷いて口を開いた。

「ぐー、ちょき、ぱー、と後は親指を立てるやつで丁度一人余るようになるね」

「あ、じゃ私が掛け声かける」

アルクェイドが勇んで挙手。

「じゃーんけーーん!」

















「どうしてこうなるんでしょうかね」

「さぁ?」

「か、確率論は無意味だと…いうのですか…!?」

「あは、残念だねっ。翡翠ちゃん」

「ね、姉さんっ!」

「まぁ、わかってはいたわよ、賭け事弱いもの。だからって…」

「よりによって」

「なんで志貴が」

「ひとりで」

「リフトに」

「…」

「乗らなきゃならないの…?」

シエル、アルクェイド、シオン、琥珀、翡翠、秋葉が二順して、恨めしそうな眼を志貴に向けた。

「あ、あはは…」

対して志貴は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。








膝を折られる感じで腰掛ける。
といってもリフトの横にはしっかり監視員がついていて、いざという時にはリフト全体を止めてくれる。
座ったら座ったで、足は板ごとだらんと垂らすだけ。
余談として前述のリフトの場合は、足につけたスキー板を載せることができるものもある。
今回は前者で、各々ははっきりしたオレンジ色に腰掛けて地面から足を離した。

アルクェイド、琥珀。
シエル、翡翠。
シオン、秋葉。

緊張した面持ちでストンと腰を落とすのは、巧く乗れるのか不安だからだろうか。
腰が落ち着くと、安堵した顔で溜息一つ。
それからは原動機に任せて登っていくのみである。




皆が無事に乗れたことにほっとしつつ、さぁ今度は自分だと、志貴が足を進めた矢先だった。

「ママー!ママー!」

直後ろの子どもが泣き出した。
放っても置けず、一人取り残されている子供のほうを向き直り、二つ後ろの若いスノーボーダー二人に先を譲る。

逸れてしまったのだろうか。

見た目10歳にも満たない子どもだ。親はこんな状態で泣き出すような子どもを一人で放ることはないだろう。
お節介とは思いつつ、その子の頭を撫ぜて問うた。

「お母さんは?」

「…いなくなっちゃったの」

すすり上げる子どもに苦笑しつつ、列から外れる。

「何色の服を着てた?」

「きいろとしろ」

振り返って背伸びしてみた。
それらしき人影に、子どもと一緒に歩み寄ると、その人影は志貴たちを見止めたのか、慌てた様子でその子に駆け寄った。

「ままぁ!」

子どもが親の腰に抱きつく、親はその子の頭を撫でて何度も謝罪と感謝を言って頭を下げていた。
隣には父親がいて、どうにも、子どもが先行し過ぎて他の客に離され、見失ってしまったらしい。
なんとなくくすぐったい気持ちになりながら、志貴はまた後ろに並んだ。

それと共に、親子を見て羨望に捕らわれる。

妙な気持ちを、頭を振って振り払って、パスゲートを通った。
勿論、今日明日は回数券ではなく一日何度でも使えるフリーパスである。

時計を見ると、まだ10時になったばかり。
折角思い出作りに来たのだから、楽しまなければ損という物だろう。
幸い、騒ぎと賑やかさには事欠かない面子だ。きっと楽しくなる。

「相変わらず、女の子には優しいのね? 幹也君」

不意に、リフトに腰掛ける女性。
一人で乗ると思っていたばかりに、思わず当たってしまった臀部の感触に苦笑いが出た。
だが、隣の女性は妙に親しげだ。
苦笑いが疑問に変わるが、女性の顔を見て少し見とれた。
遠い昔に憧憬を抱いた人に、少しだけ似ているが髪型も雰囲気も違う。
思い描いた人は、どちらかというと大雑把で豪快な人である。
同時に、違和感を覚えた。

この人は、少々複雑のようだ。

「あの…どこかで逢いましたか?」

志貴の間抜けな声。












リフトは、ごうんごうんと音を立てながら登っていく。













後書き

橙子さん志貴くんと遭遇。
さぁ、血を見るのか、それとも勘違いしたままなのか。
というより歳の差を考えると幹也くんと志貴くんは結構違うなと思いましたり。
山の事情なんかも交えつつ、次回からも微妙な交差が起きるかも。

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