「雪ですねぇ〜」

「そうですね」

「そうだね」

コタツに足を突っ込んだ三人は、机の真ん中にある蜜柑を仲良く手に取りながら呟いた。
正面にあるテレビは挙って初雪の報を知らせている。
丁度穏やかな風もあったこともあり、朝の空に踊る雪は本当に妖精のよう。
師走と名のつく月ではあるが、三人にとってはそんな言葉は何処吹く風。
背筋を伸ばすわけでもなく、半天を羽織った琥珀とセーターを着込んだ志貴、いつもの服装のシオンは黙々と蜜柑を頬張っていく。

ここは琥珀の部屋。
秋葉が親戚一同を一掃してからテレビなども去り、今では彼女の部屋くらいにしかない。
ちなみに有間から戻ったばかりの頃は志貴も良く入り浸っていた物だ。
雑誌一つで秋葉の小言が十飛んでくるのだから、自室では何時も寝ることと勉強をしていたような物だった。

「うん、やっぱり日本の冬は炬燵と蜜柑だよね」

「そうですね〜」

頬に椛色の模様を付けた志貴に眼をやり、笑いながら琥珀は返した。

「…」

「シオン様は初めてでしたよね、どうですか?」

ぱくっと蜜柑を咥えながら、琥珀は正座しているシオンに問うた。

「ええ、他には無い風情が…っくちゅん!」













【シオンの苦難】

第十四話「いざ」















スキーに行こうと呟いたのは何時だったか。

秋葉は私室で一人歩き回っていた。
既に冬支度を終わらせた彼女は、いつもの服の上にカーディガンを羽織っている。
秀麗な眉を可愛らしくハの字に曲げて、秋葉は首をかしげながら唸っていた。

それというのも、いつぞや提案した遠野家総出のスキー旅行にそもがある。
明日明後日は連休、この機を逃しては歳末の親族会議で予定を潰されかねない。
学生たる物、冬季休業という素晴らしい休暇があるものだが、遠野家当主の秋葉にとっては寸暇の域をでない。
加えてあまりに学生本分に感けていると、親戚のいいように使われかねない始末。
それに年末年始くらいは忙しさに拍車を掛けたくは無かった。
ならば、決戦は金曜日、ならぬ、今、だった。

「五時半か、新幹線からローカルに乗り換えれば夕飯少し過ぎには着くわね」

立ち止まり、顔を上げ、秋葉は軽い足取りで部屋を後にした。










「あはー、シオン様、カタツムリですねー」

所代わって琥珀の部屋。
他より暖かい部屋の中心部、炬燵から生える上半身二つと首一つ。
半袖とミニスカートという季節錯誤な格好の思わぬしっぺ返しが来たか、 シオンは炬燵の中に体を埋めていた。

炬燵というのも日本の代表的な冬の風物詩。
されど、日本風とはまた違うシオンの顔立ちが炬燵から出ているというのも、 なぜか調子外れで間の抜けた感じを禁じえない。

「日本の冬というものを甘く見ていました。まさかこれほどとは…」

ほやぁっ、とふやけそうな顔でのたまう彼女に、志貴も苦笑を隠せない。

「季節があるってことは気温とか色々の差が激しいって事だしね」

だが反面、炬燵布団の中に彼女の体が納まっているということに心拍数を上げつつある。

机の上の蜜柑は殆ど白い歪な花に形を変え、ティッシュペーパーの上に重ねられていた。
テレビに映るCMは時折変わり、琥珀がそれにあわせて指を動かしている。
大抵は近づくクリスマスのケーキ予約承りますだの、大型雑貨店の歳末セールだの。
ニュースにしても、此処最近は眼を引くような物騒な事件や、 政治家云々の騒ぎもなく、今朝の紙面すら初雪を報じるくらいだ。
まぁ、簡潔に言ってしまえば極々平凡なわけで、それもまた、いとおかし。

「あー、なんか面白いことないですかねー?」

しかし琥珀にとっては退屈そのもの。
遠野家の騒ぎを煽る、起こす、無理やり鎮める張本人の名をほしいままにする琥珀でさえこの調子。
ほやぁっ、と机に頬をつけ、上目遣いで志貴を見上げた。

対して、志貴とて暇人の名をほしいままにする男である。
けれども、今日の学校ですら面白いことは無かったし、何より有彦と連れ立って遊ぶ前に古文の心配をせねばならなかった。
故に、こうして炬燵に足を突っ込むまでは自室で教科書と睨めっこをしていたというわけだ。
そして呪文のようにして覚えた内容を会得したところで、寒さにギブアップの末にいたる。

「うーん、ないなぁ」

「ちぇー」

口を尖らせて、眼を伏せながらぶーぶーといい始めた琥珀に苦笑を向ける志貴。

と、入り口のドアの隙間から黒い影が一つ。
普段と同じように気品を感じさせる足取りでやってきたのは黒猫のレンだ。
寒さに少し震えてもさして急ごうとはせず、とてとてと志貴の元に歩み寄る。
いつもなら琥珀の部屋に入るなどということはしないのだが、 志貴が居るためにやや安全、炬燵の二つの要因には負けてしまったということか。

「はは、寒かった?」

胡坐の上に丸まるレンは、喉を掻かれて一鳴きした後、再び元に収まった。

「いいなぁレンさん。ね、志貴さん、私もやっていいですか?」

「な、何を言うんですか琥珀さんっ!」

「ちぇー、駄目ですかー」

悪戯をする子どものような顔から一転、またげんなりとする琥珀。

永遠に続くかと思われた連鎖は、思わぬ来訪者によって終わりを告げることになる。













バンッ!














大きな音を立ててドアを開け、体当たりするように部屋に入ってきたのは、秋葉。
大きく肩で息をしており、膝についた手を離すと、息も切れ切れに一つ嘆息した。

変わって三者は大きく眼を見開いていた。

秋葉が琥珀の部屋を訪れるということはまず、ない。
ならば、なにか、不味いことでもあったか、このうちの誰かがやらかしたかのいずれか。

「皆何処へ行っているかと思えば…」

不味い、と志貴の頭が警鐘を鳴らす。
逃げようにも、膝の上に収まったレンは心地よさそうにしているし、
琥珀の部屋には迂闊には触る事が出来ないデンジャーなトラップが目白押し。
とどのつまり、逃げ場は無いということだった。

迫る秋葉。

なんだか志貴の脳内はらいぶでぴんちのようで、某サメ映画のBGMが流れつつある。

自問自答をする、何か自分が悪いことをしたのかと。

「兄さん!」

「はいぃ!」

肩を掴まれた瞬間、志貴は思った。
…終わった、と。







「スキーに行きましょう、今すぐ。」







「…はひ?」

凍りついた頭が一気に戻される。
眼の前には割かし真面目な顔の秋葉が居て、冗談をいっているとは見えない。
問題は何故そんな突飛なことを言い始めるのかということと、何故今の時分にということだった。

「この前約束したでしょう、雪が降ったら、って」

一瞬しおらしく見えた秋葉の表情で、志貴は漸く全て思い出した。

突然、琥珀の顔ががばちょと跳ね上がる。
その顔は今までとは比較にならないくらい、生気に満ちているというか、そんな感じだ。

「待ってましたっ、ささ、秋葉様っ。派手に楽しく行きましょ〜!」

炬燵からも跳ね上がる琥珀。

「でも今からって…」

腕時計に眼をやると、その針は真っ直ぐな線になってしまっている。
長針は十二をさし、短針は六をさしていた。

三咲町は雪こそ降ったものの、スキーが出来るほど積もったわけではない。
それに加え、付近に人工スキー場も無いはずだ。

「ええ、でも新幹線を使えばすぐですから」

「マジ?」

「マジです」

普段見せない笑みを見せる秋葉。
おまけに誇らしげに起伏に富まない胸をえっへんと張ってみせたりする。

「琥珀、着る物は準備出来ている?」

「実は先日の提案の時からそろえてあるんですよー」

その言葉を皮切りに、琥珀と秋葉はなにやら段取りを立て始めてしまった。
琥珀自身前々から楽しみにしていたらしく、温泉のある宿だの、スキー場の隣だの。
天気を調べたりだとか、新幹線の時刻表を見たりだとかと忙しない。

いきなり箪笥から引き出されたウェアに眼をぱちくりさせていた志貴にとっては、 二人が段取りを立てる時間など、本当に瞬きの間だった。
タウンページで、目的のページを一発で当てる琥珀が旅館に予約を入れるのも、 二泊三日、といいながら、秋葉も旅行用のバッグを持ってきてしまっているのも。

勇む二人に、志貴はなぜか白が似合う女性を思い出した。

「そうだ、アルクェイド達も誘ってみようっと」

何気なく呟いた言葉に、秋葉がギロリと振り返った。

「兄さん…、本気ですか?」

一瞬、秋葉の嫌そうな顔にムッとする。

アルクェイドは雪がとても綺麗な物だとも、少し前まではわからなかったし、 そう感じる心も少し前まではわからなかった。
今では好奇心の赴くままに喜怒哀楽を表してはいるが、それは喜ばしいことだと志貴は思う。
だから、志貴はアルクェイドに出来る限りの経験をさせてやろうと思っていたのだ。
彼女のことだ、きっと眼をまん丸にして驚くに違いない。
そう思い至ると、なぜか気持ちもやわらいできていた。

「琥珀さん、携帯いいかな?」

電話予約が終わった琥珀の携帯電話を指差す。

「え、ええ、どうぞ」

困惑気味な琥珀に一つ笑いを投げながら、志貴は数字を打ち込んだ。
携帯電話を所持していない志貴でも、使い方くらいは心得ている。
通話ボタンを押して、待つ。

何度かの間の抜けた音が過ぎると、今度は勢い良く目当ての女性が出た。

「志貴ー、おっはよー!」

ちなみに、電話に出なくとも彼女が電話の相手がわかる所以は、電話番号は志貴しか知らないためである。

彼女にとっては時計の針を一回転させたくらい、普通の人とは生活が異なる。
つまりは朝から夕方まで寝て、夜から明け方まで行動するのだ。
というわけで、彼女は今、人で言えば晴れた青空の下にいるようなもので、声も自然と元気になる。
そんな溌剌とした様子に一瞬笑い出しそうになるが、志貴は端的に口にした。

「今から皆でスキーに行くからさ、一式もって今すぐこっち来てくれないか?」

「ホント!?」

彼女が驚くのも無理は無く、決まって遊びに誘うのはアルクェイドからで、 志貴から遊ぼうと誘われたことは殆ど無かった。
故に、今彼女は心底驚いて、心底嬉しがっているだろう。
電話の奥のアルクェイドの顔が容易に想像できて、なぜか噴き出してしまった。

「ホントだよ。シエル先輩も誘ってさ、そうそう二泊三日の旅行…くるだろ?」

「行く行く行く、すぐ行く!」

がちゃりと電話が切られる。
大凡急いで支度でもしているのか。

「全く、兄さんも変わりませんね」

振り返ると、秋葉がムスーッとした顔で頬を膨らませていた。
けれども、また少しして溜息を吐いた。
その顔はどこか呆れたようで、予想していたと言わんばかりの顔だった。

「いいでしょう、折角皆で行くんですから、私達だけでは今ひとつ盛り上がりに欠けますし」

クスクスと笑う秋葉。

「でも、向こうでは粗相をさせないでくださいね」

しかし最後はぴしゃりと言い放って、厳しい眼で志貴を一瞥。
それからシオンの元へ回り、彼女の体裁に一瞬だけ嘆息した。

「ほらシオン、何時までも寝ているんじゃないの!」

「あぁ、後五分ください…」

「問答無用っ!」

炬燵からちょこっとだけ出ているニーソックスを掴む。
秋葉がした挙動に驚きながら、身動きは最早出来ないとも思い、シオンはせめて最後の温もりを求めて身を伏せる。
炬燵布団から出た足が寒いなと身震いした、その刹那だった。


ズルリ


あろう事か、秋葉は勢い余ってシオンを炬燵から引き抜いてしまった。
そう、引き抜いてしまった。

横道に逸れるが、炬燵布団というのは元々熱を逃がさないために厚手の物で出来ており、それなりに重さもある。
文字通り布団のようなものだ。
内側はさわり心地がいいように毛布のようになっている物。

その布団に今まで接していたためか、シオンはそれから出るまで気づくことができなかった。
正常な、普段の彼女なら一瞬もかからずに気づいていたのかもしれないが、 今回は炬燵というものを初めて使用するに当たって、エーテライトでは得ていない体験のため、 経験という物が無く、だから、この事態も推測できなかったというわけだ。

引き抜いた秋葉のほうも、呆然としている。

傍観者だった志貴も、驚愕してあいた口がふさがっていない。

パクパクと動く志貴の唇が、やっとのことで口にした言葉は。
「み、水色と…白の縞々模様…」

痛い沈黙を、その言の葉がぶち壊した。


要するに、布団で捲れたシオンのスカートの下が、これでもかといわんばかりに晒されてしまった。
と、事の瑣末はそういった具合である。



















「…妹パンチっ!!」


「がぶぁっ!!」





















後書き

新章突入、この先の展開や如何に。
さて、今回の章ではちょっと色々なキャラに出てもらおうと。

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