呟きは皆同じ。
されど心中の意は同様であるかは、確かめようもない。
だが、彼彼女達の顔を見ればそれは瞭然であった。
やはり疑問に勝る驚愕が染め上げた表情は拭えなかったようだ。

あんぐりと口を開けたまま、アルクェイドが視線を志貴に移す。
口元に生クリームをつけたあどけない顔から見つめられた志貴は、気まずそうにシオンへ目を向けた。
捨てられた子犬のように純朴な瞳で見つめられたシオンは一瞬き分驚いて、 それから自らが手に持っている甘味を見ると、顔を紅潮させて志貴から目をそらした。
わたわたと落ち着かない様子でクレープを後ろ手に隠すシオンと目が合ってしまい、 これまた呆れ疲れた表情でシエルは子供然とした顔を晒すアルクェイドを見た。

誰もが誰も視線がつながらなくなると、女性達は苛立ちを混ぜて志貴を見…否、睨んだ。

「…い、いい天気だね」

「空全体の雲量割合が1を超えています、快晴ではありません」

「う…」

苦し紛れの言葉をシオンに遮られて、志貴は困ったように頬を掻いた。












【シオンの苦難】

第十一話「友達?」












「そうですか、約束とやらがあったのでしたね、これは迂闊でした。」

歯をぎりぎりと噛み締める、という彼女の珍しい挙動に、志貴は首をかしげた。

「貴女も何か言ってあげてください。」

ぷいと首を振って、シオンがアルクェイドに援軍を求めるコールを振った。











「ひ、独り占めしなかったら、いいけど?」










言いにくそうに顔を顰めて、アルクェイドはそう言った。










「「「えええええええええええええええ!?!?!?!?!?」」」

そんな、まさか。
と、アルクェイド以外の者達は驚愕の声を張り上げた。

あの、傍若無人で志貴以外には興味もなく、志貴には異常な程執着していた、 「あの」アルクェイドが、である。

「貴女!アルクェイドじゃありませんね!?」

茫然自失の状態からいち早く立ち直ったシエルは、黒鍵を探そうとしてカソックを着ていないことに気づく。
…意外と間抜けなのか、それでも黒鍵を探すように手をワキワキと忙しない。

「…まさか、タタリ?」

昨夏現れた吸血鬼の現象がまだ続いているのか。
シオンの第一印象はそれだった。
しかしそれにしてはアルクェイドの瞳には狂気の色はなく、 むしろ焦っているというか、拗ねているというか、それに近いものがある。

「お前、また悪い物食ったのか?まさかこの前のニンニクの当てつけ…ありえる。」

うーん、と頭を抱え出す志貴。
それらを見ると、アルクェイドは少し眼を潤ませて頬をリスのようにぷくぷくと膨らませた。

「…もういい!バカシエルなんか知らないんだから!行こ志貴!」

「うぇ?あ、ああ、アルクェイド!痛い、痛いって!」

「ちょ、待ちなさい!」

半泣き顔でその場を去ろうとするアルクェイドに追いすがるシエル。

「何よ!」

太陽のように、金色に輝く髪が翻り、それに包まれた顔を見て、シエルは思わず唸った。
今までアルクェイドとは幾度となく戦い、突っかかり突っかかられたりしたのに、 拗ね顔で瞳が涙に濡れているなんて、反則以外に何があろうか。

「貴女が怒る理由がわからない…んですけど?」

「むー!」

申し訳なさそうにするシエルに、アルクェイドは益々顔を真っ赤にして、腕を絡めた志貴に擦り寄った。

「…埒がありませんね、失礼。」

駄々っ子をあやすような口調で、シオンはアルクェイドの涙を親指でふき取り、 そのまま髪を梳いたふりをしてエーテライトを接続した。
刹那に流れてくる思考にカットをかけ、それでも足りない分は思考の半分を費やす。
そこから情緒を司る分野のみに進入する。

「友だ、ち、らしい、ことを、し、てみた、かった?」

そのフレーズだけを抜き出して、エーテライトを切り離した。
分割思考に及んだ情報の波は危険域を超えすぎた。
残り一つに残されてしまった思考を何とか維持しながら、アルクェイドから得た情報を削除し始める。
そうして知らないうちに危険な綱渡りをしているのを知ってか知らずか。
アルクェイドはビクリと体を振るわせた。

「…」

そんなしおらしい様子に、シエルは絶句していた。
アルクェイドにとって、志貴を失うということは全てを失うことに等しく、彼女自身もそれを失いたくないと思っている。
まるで子供がそのまま大人になったようだ。
そのアルクェイドが一時でも志貴を手放して良いと言うことが、一大事だった。

けれども、シエルとて今は人間である。

独占欲もあれば憐憫の情さえあった。
それでも、今は憐憫に傾いてしまってはアルクェイドの行いを無為にしてしまうもの。
仄かな罪悪感を孕みながら、シエルは無理に笑顔を取り繕った。

「そう、ですか。なら、有難くお借りしますか」

「もう駄目!」

「あ、アルク…当たってるって、胸が」

むずがる子供からおもちゃを取り上げる母親の構図に見て取れなくもない場景。

「でも、さっきは良いっていったじゃないですか」

「うぅ」

直情型のアルクェイドに対して、湾曲のシエルは相性が悪かった。

「でも駄目なの!卵だって期限が過ぎれば駄目なんだから!」

「俺って、一体なんなんだろう…」

ずぅーん、と沈んでいく志貴。
そんな彼を横目で見つつ、シエルは大きく溜息を吐いた。

「とりあえず、このままではどうしようもありませんから、喫茶店で続きをしましょう」

提案するシエルに頷くシオン。
その背後でアルクェイドの頭を撫でて諌めつつ、財布の心配をする志貴が印象的だった。









アンティークと暖色の柔らかい光が満ちる店内に、志貴を先頭にして女性達は足を踏み入れた。
雰囲気の良い、大人げを漂わせるその場所。
数瞬、ここは本当に極東の島国なのかと疑ってしまうくらいだ。
洒落た小奇麗なそこにそぐう欧風の顔立ちの女性たちに囲まれ、 さぞ幸せそうな顔をしているだろうと思われた志貴は、心なしか表情に影が映る。





テーブルの席に着く四人。
シエルの対面にアルクェイド、アルクェイドの隣に志貴、志貴の対面にシオン。
妙な取り合わせで腰を落とす4人は不満げな表情より、気まずい色が濃い。

「でも、どうして友達なんて?」

口を開けない沈黙さえ殺すのか、志貴は思い切って声を発した。
対してアルクェイドは益々不機嫌面になり、俯いたままで答える。

「だって、シエルが友達だって言ったんだもん。…私チョコレートパフェ」

その啼きそうな声に、シエルは喉に出掛かった言葉を飲み込まざるを得なかった。


先日、八百屋の前でアルクェイドとの関係を誤魔化すために使った嘘。
嘘のつもりが、アルクェイドは信じてしまっていた。
けれど、シエルは「そんなことは嘘だ」とは、いえなかった。
純真な、嘘を知らないアルクェイドに対して、自分はなんと汚らしいことか。

「でも、それが俺を貸し借りすることとどう関係するんだ?俺は珈琲で」

「友達とはつまり共有関係とすれば、答えは見えるでしょうに」

呆れた口調のシオンに、志貴は更に「わからない」といった顔になる。

「解りませんか?…ああ、私はワッフルをお願いします」

「わからないな」

志貴は考え込むようにしてメニューに顔を埋める。
そんな彼とシオンに益々ばつの悪そうな顔をするシエル。

「真祖は代行者と親交を深めたかったのでしょう。ですが、不慣れな分不器用だった、唯それだけというだけです」

良く滑る舌に己が驚きながら、シオンは良くもまぁ自分がこんなことを言えるものだなと自嘲した。

「そうなのか?」

「…うん」

「まったく、駄目ですねアルクェイドは!」

「な、何よぅ!」

問答を背景にしてシオンが傍観にまわり、志貴が困った顔で助けを求める。
真中でシエルが頬をぷりぷりさせて人差し指を立てると、 アルクェイドは食って掛かるように机に手を叩きつけて立ち上がった。
シエルはそれを怒りともつかぬ冷ややかな顔で見据えると、 立てた人差し指をアルクェイドの鼻先に突きつけた。

「遠野君を仲立にしてはいけません、それに今日は私とのデートなんですから。」

「あ、言ったなぁこのデカ尻エル!」

「な、なんですって!?」

最早キスすらできそうなくらい顔をつき合わせて、両者は威嚇音を発しながらお互いを睨む。

「ふ、二人とも止めろって!」

「いえ、これが通常の彼女達なのですから、放っておいても良いのでは?」

我知らぬといった顔で、怯えたウェイトレスが置いたワッフルに手を伸ばしながら零すシオン。
けれども志貴はそう悠長なことを言っていられない。
このままでは今いる場所が崩壊しかねないのだ。
だが、今日のシエルの言い方はおかしい。
いつもなら小ばかにする口調であしらうシエルが、今日に限っては自分の意思を前に出している。

「それにですね、アルクェイド」

と、急に刺々しさを失った声に、アルクェイドは声を荒げることも忘れ、軽く息を飲み込んだ。

「遠野君はモノじゃないんですから、そういう風にしてはいけません」

「…」

ちらりと目配せしてくるシエルに、志貴は少し驚きながら口を開く。

「そうだよ、アルクェイド。友達って言ったって間柄はモノのやり取りなんかじゃない。
 俺と有彦だっていつも仲がいいわけじゃないし、何より当たり前のことなんだから」

苦笑気味に呟いた志貴。
彼を横目で見つつ、シオンは呆れた口調でのたまった。

「そうなのですか?でしたら、今までどおりでも十分友達でしょう。」

シオンの言葉に眼をぱちくりさせたまま、アルクェイドはテーブルに置かれたチョコレートパフェを食べる。

「じゃあ、妹も、メイドも仲居さんもシオンもシエルも、皆友達だったんだ。」

くすぐったそうに眼を閉じて、アルクェイドは少し赤い顔で安心したようにスプーンを咥えていた。














後書き


次回は次回こそはシオンさんにスポットが当たります。
ついでにシエルがデートを切り出した理由も少し。

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