「さて、どうしましょうか。」


シオンは、なんともなしに呟いた。
現在時刻は十一時三十分を少し過ぎたところ。
居候として何かを手伝うべきなのだろうが、生憎シオンに手伝えることは皆無。
掃除、洗濯、食事の支度、その全てにおいてやることがない。
というより、翡翠と琥珀で全てカバーしているためにできないというのが実だ。

要するに暇なのである。

どの道研究道具など持ってきているはずもないし、暇つぶしの道具さえない。
溜息をついたところでどうしようもない。
けれど、つかないよりはいい気がするような気持ちがしないでもない。
耳元で猫の鳴き声がしようと、志貴のベッドから降りる気もなく。
変わって彼女の耳元で鳴いた艶のある黒毛の猫は、その場所は自分の物だといわんばかりにシオンを見下ろしていた。
一瞥し、シオンはまた嘆息する。

「…解りました、貴女に譲りましょう。」

射抜く、よりは1ランク下。懸命に訴えかける黒猫の眼に、シオンは観念したように呻いた。
ベッドを降りて間もなく、黒猫は嬉々として丸くなり、窓からの光が一番入るベストポジションに収まった。
こうなれば、困るのはシオンである。

「…はぁ。」

彼女はがっくりと頭を下げ、志貴の部屋を後にした。










【シオンの苦難】

第十話「錬金術師と真祖と代行者と」












コンビニエンスストアで調理パンを買い、表の自動販売機で甘ったるいコーヒーを買う。
途中の道でパンを頬張りつつ、コーヒーで全てを流し込むと、志貴は公園に足を進めた。

腕時計の針はまだ正午に重なっていない。

日陰に入ると少し肌寒いが、日向に出ると意気揚々と照りつける太陽の暖かい日差しが丁度良く、 時折肌を撫でる風は、まだ冬独特の刺々しさを持ち合わせていなかった。

「先輩、もう来てるかな?」

誰に問うわけでもなく、己に問うわけでもなく。
唯疑問を口にして、志貴が公園を覗き込む…と、いた。

ローファーに紺のソックス、昨日と同じチェックのスカートとジャケット、そして中に灰色のハイネックという出で立ちで。
シエルは公園のベンチに腰掛けたまま、うつらうつらと細目を瞬かせていた。
淡い橙色のベンチはただいま丁度の日射場所である。

普段見ることのできないようなシエルの顔を見て、志貴は一人日差しのように笑った。

七夜の技か、足音を殺してベンチに近づく。
それでもシエルは起きようとしない。
埋葬機関第七位の弓として有象無象に恐れられる彼女の側面を、少しだけ見られた気がした。

一つ、呆れたような笑みを浮かべ、シエルの隣に腰を落とす。

「まぁ、こんな休みも悪くない…かな。」

自身の肩に落ちてきた重みを支え、志貴は困り顔とも、嬉し顔ともつかぬ顔で呟いた。










時を同じくして、シオンも外へ出ていた。
半端な吸血鬼であるから、彼女にしては太陽も流水も天敵ではなく、唯単に苦手なだけである。
されど、食事によって養分を多めに取っているので、それも殆ど気にならない程度だった。
彼女が路銀として持ってきた所持金は何気に多い。
それは、もし遠野邸に寄宿ができない場合を想定していたためだったが、 その確率は某人型決戦兵器の起動率よりも低かった。
故に、こちらで使える金も増えるということだ。

「食というのも奥が深い…。」

呟きながらクレープを一口。
余談としては、これで三つ目。

バンを改造したクレープ屋台の前で、シオンはパクパクとクレープを食べていく。
その挙動もさることながら、師走だというのにミニスカートにニーソックスという出で立ちも、 少なく通りかかる通行人の目を引いていた。

「おじさーん、プリンと生クリームの奴一つ頂戴。」

と、シオンの後ろから聞こえた鈴のような声。
聞き覚えがあるな、と思い、振り返る。

「アルクェイド・ブリュンスタッド…。」

太陽と見紛うばかりのブロンド、端正な眼鼻。
それを見て、一瞬だけ嫉妬とも羨望ともつかない吐息が漏れる。

だが、ここで記憶を掘り返してみる。
夏にはアルクェイドと接触したことはあれど、お世辞にも友好的な関係とはいえない。
ただ遠野志貴を仲立としたから接触できたような物である。
それに彼女はシオンを良く思っていない節があった。
知らず知らずのうちにシオンの体が強張る。

「ん?」

自身の名前を呼ばれて、シオンに眼を向けるアルクェイド。
そして…

「ああ、久しぶり。」

拍子抜けした。
シオンは顔に文字が書かれるならそれが一番の顔で、 危うく取り落としそうになったクレープにかぶり付いた。

逆に、アルクェイドからは声音も表情も、殆ど感情を見出せない。

しかし、台詞は妙に親愛的に感じられた。

「久しぶり、ですか。」

「まぁ、貴女とは一度きりの関係だと思ってたけどね。」

「同感です。」

焼きあがったクレープを受け取りながら、アルクェイドは千円札を出す。

「そういえば、何しに来たの?」

ふと、核心に迫る文句がアルクェイドの口から出てきた。
鋭角的なそれは、かえってシオンの舌を円滑にした。

「吸血鬼化の抑止策が少し見えてきましたので、その報告です。」

「ふうん。」

アルクェイドは興味なさそうに溜息を吐いて、クレープを一口。

「貴女が今でもこうやっていれてるってことは、やっぱり少しは解決しているわけだしね。」

口に含んだ甘みか、それともシオンの行いか。
アルクェイドはクスリと笑った。

「見直したわ。人間にしては頑張ってるじゃない。」

「…意外でした。」

「何が?」

仲良くクレープを食べながら言葉を交わらせる二人。

「貴女からそのような言葉をいただけるとは。」

驚いたような顔で告げるシオンとは裏腹に、アルクェイドはいかにも面白そうに笑う。

「困りました、これでは貴女に友好的に接することしかできなくなる。」

少し照れながら、シオンは誤魔化すようにクレープを口の中に仕舞った。

「それってどーゆー意味?」

猫らしく首をかしげ、アルクェイドが問うた。

「友人と、こちらでは勝手に思わせていただく、ということです。」

そんな彼女を見ながら、シオンはやはり照れつつ、もう一つクレープを注文した。









陽気に包まれて、一組の男女が同じベンチで逢瀬。
ごく自然に見えるそれも、些か立場が逆かと思われる。
肩から膝に降りてきたシエルの頭に、志貴は困り顔で苦笑した。
健康健全な男児としては、こんな状況は堪えられないものである。
時折気持ちよさそうに漏れる吐息など、それだけで心臓が跳ねそうな勢いだ。

「先輩、先輩。」

まして顔は眼鏡をかけていようと衰えない柔和な雰囲気。
まぁ、楽しむのも悪くない気がしたが、今日に限っては大事な逢瀬である。

ゆさゆさ。

肩に手を置いてさする程度に揺らす。
が、余程疲れているのか、彼女は喉を鳴らして寝返りを打つばかり。

ゆさゆさ。

再度揺らす。

ゆさゆさ。

三度揺らすと、丁度そこでシエルの瞼が持ち上がった。

「って、遠野君!?」

気持ちよさそうに起き上がろうとしたシエルは、眼前にいる志貴を見とめた刹那に、がばちょと跳ねた。

「…おはよう先輩、良く眠れた?」

「ええ、それはとてもってそうじゃありませんよ遠野君!」

がぉー、と噛み付くように吼えるシエル。
その顔は熟れたトマトと比べると少々淡い色合い。

「ああ、不覚です。折角の時間をお昼寝でとってしまうなんて…。」

それからがっくりと項垂れる。
その喜怒哀楽の早い彼女を見て、志貴は知らずのうちに笑った。

「ま、まぁまぁ、今から取り返せないものじゃないし。」

押し殺した笑いが駄々漏れてしまったのか、シエルはぷくっと頬を膨らませた。

「そうですね、これは夜までしっぽりコースで行くしかないみたいです。」

「…。」

ぎらぎらした眼を向けるシエルに、志貴はどこか空恐ろしいものを感じた。








さておき、志貴とシエルはその後、とり止めもない会話をしながら街へ出た。
双方とも多弁な方ではないが、あまり会話が途切れることはない。
大型量販店に足を運んだり、適当に食べ歩きをしてみたり、 新しくできたカレーの店の味は雑だの、今宵はどのような趣向で行こうかなどなどなどなど。

一方、アルクェイドとシオンは意気投合…とは行かぬものの、 初対面の時よりは大分落ち着き、仲良く甘味を啄ばみ、見た目相応の顔を呈しながら。
クレープはやっぱプリンと生クリームなのよ、だの、いいえ栄養から言ってもカスタードとチョコレートです、だの。
志貴と最近映画行っていないなぁ、だの、そのうち行きませんか?だの。
まるっきり友人のようで、互いが慣れていない付き合いにどこかギクシャクしつつ。


まぁ、偶然とはかくも恐ろしいもので。

「「「「あ。」」」」

こうして街を歩いているだけで、真祖と錬金術師と代行者と自称一般人たる志貴は出会ってしまうものなのである。












後書き




やまなしおちなしいみなし。
とりあえずほのぼの恋愛ってことで一つ。
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