風が吹いた。
その風は、幾らか肌寒い。
まるで、冬がもう直ぐそこまで来ていることを知らせるかのように。
木々が揺れる。
擦れ合う枝の音、それは小波の音に似ていた。

夕暮れ時にたなびく雲は、夕日の朱色に染まり、美しく淡い光を放っている。

屋敷に照るその光は、屋敷を暖かく染め上げて、また、影を作った。
その屋敷の中。
広いロビーに悠然と立つ秋葉は、琥珀から差し出されたものを見て小さく笑った。
黒髪の似合う彼女の笑みはいつもの堅固な性格には不釣合いなほど、微笑ましかった。
対する琥珀も、秋葉の顔を見て微笑する。
彼女の持っている手紙は封を蝋で施されていて、品の良さが伺える。
真っ白い紙の中に、流暢な日本語で書かれた内容。
それは差出人の性格がそのままに表されているようだった。
簡潔で趣旨のはっきりした。



――十二月一日、そちらにお伺いします。



――シオン











【シオンの苦難】

第一話「彼女が来た」














「ふぅ、夏は暑いと思っていましたが…、冬は寒いものなのですね。」

空港。
その出口は混雑していた。
外国への窓口、などと称されている日本の空港。
行きかうのは季節柄、ビジネスマンばかり。
忙しそうにかけて行く人ごみの中で、紫色の髪の女性は憮然とした表情で嘆息した。
その女性の風貌は、ベレーのような帽子、膨らんだ袖を五分で止める上着。
短い白のプリーツスカート。
少々つり眼がちな眼は紅く、顔立ちからして日本人ではない。
その華奢な体躯とは不釣合いな程大きいトラベルバッグを引き釣り、彼女は出口を目指した。

外に出た後、照りつける日差しに軽いめまいを覚えながらも、彼女は歩く。
そして、適当にタクシーを捕まえて乗り込んだ後、彼女はこういった。

「三咲町までお願いします。」









落ち着いた雰囲気を持つ調度品が装飾されている部屋。
その中で、秋葉と志貴は朝食をとっていた。

「へぇ、シオンが来るんだ。」

志貴が先に秋葉に告げられたことを思い出し、琥珀にとうた。

「はい。何でも今日来るだとか。」

「急だね。」

「志貴さん…、シオン様は外国からわざわざ手紙を書いて送ってくださったのですよ。」

「配送に時間がかかるってこと?」

「はい。」

考えるそぶりをして、志貴が頼んだ朝食を平らげる。

「それじゃぁ、出迎えないとね。」

「はい♪」

「ご馳走様。」

「お粗末さまです。」

志貴が立ち上がらずに秋葉のほうを見ると、珍しく機嫌がよさそうな顔で紅茶のカップを傾けていた。

「随分うれしそうじゃないか、秋葉。」

志貴が苦笑気味に言うと、秋葉は控えめに「ふっ」とわらう。
秋葉とシオンは、シオンがワラキアの夜を退治に三咲町まで来た時に意気投合した仲だ。
帰り際にはシオンが秋葉にエーテライトというものまで渡している。
つまり、シオンは秋葉の師でもあるということだ。

志貴にとってもシオンは大切な仲間だ。再会はうれしい。

…と、ここまで考えて志貴は頭を抱えた。

(何で俺って普通の友達とか家族とかいないんだろ。)

志貴は、秋葉に聞こえないようにして嘆いた。

「えー、錬金術師がまた来るのー?絶対何か企んでるわね。」

「シオンに限ってそんなことはないって。って。」

志貴の左から声がして、無意識に返答してしまった志貴だったが、
その声の主が普通ならこんな場所にいるはずがないことに気づく。

「何でお前がここにいるんだ。アルクェイド。」

「良いんですよ兄さん。今日の私は寛大ですから。」

秋葉が上機嫌でよかった…
志貴は心の底からシオンに感謝した。
普段なら口論から二大怪獣大決戦になってしまうこと請け合いだ。
しかも騒ぎを聞きつけたアンデルセン神父…ではなくシエルが駆けつけたりすれば…
結果はいわずともわかるだろう。
その皺寄せが殆ど志貴に来ることが悩みの種なのだが。

「ほら、妹も私たちを祝福してくれてるの。だから結っこ【バキッ】…」

「今日の私は寛大ですから。」

志貴は恐る恐る秋葉を見た。

「絶対嘘だ。」

「何か言いましたか?兄さん?」

「いえ、なんでもないです。はい。」

秋葉は、紅茶のカップを灰にしていた。








「おい、見ろよあの娘…。」

「タイプだ…。」

街中を流れる雑踏を割って歩いていく女性に、道行く男たちは振り返る。
要因は、寒空の下では無謀とも思える短めのプリーツスカート、それと芸能人や女優顔負けの容姿だろう。
気の強そうな切れ長の瞳と整った眼と鼻。纏っている紫を基調とした服も特徴的だ。
髪は長く、腰の下まである紫色の髪を丁寧に束ねている。

彼女の足は今、あるひとつの高層ビルへと向かっていた。
彼女にとっては忘れられない思い出のひとつ。その場所へと。

邂逅は蒸し暑い夏だった。そのころの彼女は追われる身だった。
なんとしても己の一族の恥を消すために。己の怨恨を消すために、彼女は確率を用いてこの町に来た。

タタリとの最初の戦いは、惨敗。
屈辱的だった。
まるで生殺しだった。

そして、その雪辱を晴らすためにこの町にやってきて、協力を要請しようとした人物と戦闘になったとき、思いっきり出鼻をくじかれた。
さぁ、これからだと思っていた矢先にも入らないときに。
確率論では彼女が勝っていたはずだったのだ。
しかし、戦闘中に計算は外れた。
眼鏡を外した彼の瞳に魅入られてから。
エーテライトで彼の思考を読めば読むほど計算式は複雑なものとかして行き、彼女は…負けた。
拳銃を突きつけたのは彼女。
殺されても文句は言えないと、覚悟を決めたそのときだった。
彼が柔和な笑顔でナイフをしまったのは。

それから、彼女は彼と行動を共にした。
一週間にも満たない仲だったが、彼女は今までの人生で一番充実していた時期だと胸を張って言える。
思考を読めば読むほど、彼といる時間が長ければ長いほど、吸血衝動を抑えることが難しくなっていった。

吸血衝動は、恋愛感情と比例する。

知識として知っていても、彼女にそんな言葉は無縁だった。
彼が自分の窮地に駆けつけて救ってくれたとき。最後まで手伝うと言ったとき。どれだけ心が満たされたことか。
別れ際の言葉にどれだけ目頭を熱くさせたことか。

―――ああ、私は彼に好意を持っているんだ…。

そう自覚したとき、吸血衝動以上に心臓が早鐘を打ったのを今でも覚えている。
彼女は、彼を愛していた。
アトラスに戻り、彼の言った言葉が何度励みになったか、その回数は数え切れない。
彼の形、彼の声を想いうかべて、何度自分を慰めたかも覚えていない。
もしかすると、アトラスの砂漠のように枯渇した心に、恵みの雨を降らせてくれたのは、彼なのだろうか。

『もし研究を途中で放り投げたら、俺は君を軽蔑するからな。』

彼女は、彼に言われたその言葉を守り、研究をあきらめなかった。
そして、その研究で得た成果をこれから彼に報告しに行くのだ。


高層ビル【シュライン】屋上。


ここは彼女と彼と真祖の三人で二十七祖が一人、「ワラキアの夜」を滅した場所だ。
その夏。拳銃の弾丸や明らかにナイフで切られたと思われるブロックなどがこのシュラインの屋上で発見された。
不法侵入した暴力団の闘争と片付けられたが、この街で真相を知るものは殆どない。

肌寒い風が、音を立てて過ぎ去っていく。

エレベーターのドアが開き、この町が見渡せる場所。
そこに、誰かがいた。
彼女のほかに、もう一人。
その男は彼女の存在に気づいていないようで、ただ一心に町を見渡していた。
先客にまずいと思って、彼女が踵を返したとき、ボソリとかすれた声が聞こえた。

「もう冬か…。」

はっとして、彼女が振り返ると。
そこには…

「やぁ、シオンじゃないか。奇遇だね。」

あの日から少しも変わらない、遠野志貴が立っていた。








「どう?あれから研究のほうは。」

「真祖の協力のお陰で大分進みました。」

「そいつは凄い…。」

二人は地べたに腰を落とし、話に花を咲かせていた。
志貴のほうは相変わらず、マイペースを崩さず、といった感じだ。
対するシオンも分割思考を最大限に使って冷静に言葉を作っている。
しかし、シオンの頭の中は既に真っ白だった。
確かに今日に伺うと手紙では送ったが、まさか志貴がここに来るとは。
彼女の分割思考が考えた確率はゼロに近かったが、実際志貴はここにいる。

「そういえば、志貴はなぜここへ?」

怪訝な顔をして、シオンが問うた。

「うーん。何でだろう。シオンがこの町に来るって聞いたからかな。」

本当に相変わらず、志貴の答えは理解しがたいものだった。
遠野の屋敷に行くと伝えていたはずなのだから、シオンとしては面食らって当然である。
反面、シオンにとってはうれしいものでもあった。
少なくても、志貴はシオンとの思い出を悪いものだとは思っていないのだろう。
自然と赤面してしまうシオン。

『六番停止』『四番停止』

とりあえず思考を停止して、シオンは息を落ち着かせる。

「それじゃ、行こうか?」

立ち上がった志貴に、シオンは言った。

「何処へ?」

「屋敷にだよ。秋葉も会いたがってるし。」

ああ、そうだった。と言わんばかりにシオンは顔をもたげた。









「あの、志貴。」

「なんだい?」

まだ日は高い。
シュラインから出たとき、シオンは志貴にいった。

「お昼に伺うのも琥珀たちに悪いので、私は夕方あたりに向かいます。」

すると、志貴は意外そうな顔をしてシオンに向き直る。

「何言ってるんだよ。そんなの気にしないで良いって。」

「ですが昼食のことを考えると、私がいるというのは迷惑が…」

「まさか…シオン…」

「…?」

「ダイエット中ならそういえば良いのに…。先輩もやってたけど、
カレーを食べなくなってから禁断症状みたいなのになってたから止めたほうが…。」

「ちっ、違います!」

考え込む志貴に、シオンは「ガォーッ!」と語気を荒げた。

「大体私がダイエットをする必要性が認められません!
 不条理です、意味不明です、及第点以下です!
 それに私をあんなカレー狂と一緒にしないでください!
 4329通りの比喩表現をとっても代行者が出てくるのは
 異常です、奇妙です、論理を無視しています!
 加えて私の体型を考慮してみなさい!
 擬音であらわせば「ポン、キュ、ポン」です、ええそうですとも!
 代行者のように「ポン、ストン、ボン」ではありません!
 ああ、志貴は真祖の寵愛を受けているから彼女の体を…!
 どーせ私は彼女ほど胸がありませんよ!
 「ボン、キュッ、ボン」な体型じゃありませんよ!
 そうですか、志貴は胸フェチなのですね!
 わかりました、ですが私だってちゃんとした下着を装備すれば!」

「・・・・・・・・・・・・(びっくり)」

「はっ!何を言わせるんですか貴方は!」

「・・・・・・・・・・・(びっくり)」

「〜っ!」

「落ち着け!落ち着けシオン!」

志貴はいつの間にかバレルレプリカを抱えているシオンを諌め様としたが、眼がマジだった。
この眼は秋葉の髪が真っ赤になったり、注射器を構えて微笑む琥珀の眼だったりするのだ。







ココハドコダソシテオレハダレダ
ニゲロニゲロドアヲアケロー



















後書き


シオンSS第一作目発動です。
メルブラの中ではシオンはいい味出してるので好きです。
さて、これからが本番ですよ〜

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