機動戦艦ナデシコ
princess of darkness

ACT-#5.65「外伝 代わりに」








ナデシコの一日は早い。
それは一部のみなのだが、それに触発される者も少なくない。
特に、一番早いのは食堂の面々。
朝食として出されるであろう物の下ごしらえくらいはしておかないと、大混雑に対応しきれないからだ。
全クルーだけでも百人は超す中で、多少の睡眠時間を削ることは当たり前なのだ。


「あれぇ、ミカコは?」


その中でも一番朝が早い女性、戦場とも言われる厨房を仕切るホウメイは、いつもより人数が少ないことに気付き、問うた。


「あ、ミカコは昨日、手切っちゃって…」


「血が止まらないから医務室行ってくるって言って、それっきりなんですよぉ。」


「もしかしたら結構深かったのかな?」


「きゃ〜!」


上から、サユリ、エリ、ジュンコ、ハルミの順であった。
ハルミにいたっては、さも痛そうに手を押さえている。
切れていたミカコの手を想像したのだろう。


「困ったねぇ、それじゃ人手が足りないよ…」


深い溜息を一つ吐き、頭を抱えるホウメイ。


「それに、手を切ってるんなら仕事もキツイだろうからね。」


更に深い溜息をついて、頭を抱える一人抜けたホウメイガールズ。

そんな沈んだ雰囲気の中、随時解放の扉から一人の人影が現れた。
桃色の髪、黒いアンダースーツ。
言うまでもない。

我等がセレスさんのご登場である。

突然の来訪者に眼を丸くしながらも、ホウメイはセレスの方を向いた。


「朝飯の時間にはちょっと早いね、出して上げられるものはないよ?」


未だに困った顔のホウメイ。


「それより、ミカコの事だが…」


セレスが会話を切り返し、ホウメイガールズを一瞥する。


「あ、お前さんは医務班だったね、で、どうなんだい?」


ホウメイがそういうと、セレスは肩を落とし、嘆息交じりに手のひらを肩辺りにもって行き、天井に向けた。
「やれやれ」ポーズだ。


「どうもこうもないさ、指先がパックリ切れてる、この分じゃ、配膳はおろか、台拭きも片手じゃ無理だ。」


意外にも酷かった状況を聞き、ますます肩を落とすホウメイ。
後ろではホウメイガールズが悲痛な呟きをもらしている。


「でも、ホウメイさん、貴女の包丁だったから救いが在ったよ。」


「え?」


そういわれて初めて昨日ミカコに包丁を貸していたことを思い出す。
理由はもう忘れたが。
鋭い刃物は皮膚や筋肉組織を綺麗に分断するため血小板が張り付いて治り易い。
ノコギリなどで切ってしまったりすると悲惨な傷跡が残るのは周知の上だ。


「ミカコから聞いたのかい?」


ホウメイがふと感じたことを口に出す。
それ以外の方法で判別できることは無いと思い至ったからだ。


「いや。あんなに綺麗な切り口はそうそう無い、良く研いである証拠だと思うが、違うか?」


ホウメイは心の中で驚嘆した。
包丁の切れ味でその種類を判別するのは自分でも難しい。
それを、見た目二十歳前後の女性が見事に言い当てたのだ。
そしてホウメイは確信した。
セレスが料理に長けていることを。


「ふぅん、セレス、とかいったね。」


「ああ。」


「あんた、料理は出来るのかい?」


セレスの心に、ホウメイの言葉が刺さる。
料理を捨てた自分に、生きた証を捨てた自分には、料理をする資格があるのか。
味覚も、嗅覚も、触覚も、聴覚も、視覚も、全て戻っている。
そう、必要なものは全て。
だが、自分の中の「Prince Of Darkness」がそれを邪魔する。
躊躇わせる。
ルリに渡したラーメンの作り方。
それが虚ではないことが。
しかし、それと同時に気付く。


自分はもう「Prince Of Darkness」ではなく「セレス・タイト」だと言うことに。





「あ、あぁ、多少のことは出来る。」


口が勝手に動いていた。
そして、先程の感情と相反する思い、
「料理を作りたい」という思いが沸々と湧き上がってきていた。

ここ一年と六ヶ月、料理を見たことはあっても、食材を見たことはなかった。
そのフラストレーションの反動か、セレスの衝動は理性とは別に動いていた。

言葉を放ってから、セレスには言い尽くしがたい背徳感が押し寄せていた。
自分が今まで抑えてきたものは、一体なんだったのか。
そう、自問自答していた。


「じゃ、チャーハン作ってみな。」


小さく呟かれた言葉を、セレスは聞き逃さなかった。
その言葉が、蟠(わだかま)りを消したから。











エプロンも着けずに厨房に向かうセレス。

昔と同じようにスタンスを保ち、フリーザーから昨日の残り飯を取り出す。

それを見てホウメイが口を開こうとしたが、口を閉じて見守っていた。

無言のまま、フライパンに火をかけるセレス。

油は、多すぎず、少なすぎず。

勿論、具は無い。


「ホウメイさん、卵一個借りる。」


「良いよ。」


セレスは籠から卵を一個とり、フライパンを見据える。

薄い鉄板は火傷をするくらいの温度に達していた。


「…………(この匂い、感覚…、懐かしいな…)」


解した飯をフライパンに落とした。

その時にたつ香りは、言い例えられないような感動をセレスに与えた。

あえて言うなら、それは久しく離れていた事をするような…

油が一粒一つを包み、剥離させていく。

艶を与えられた米粒は、まるで生きているかのようにフライパンの上を踊っていた。


「…………(頃合か。)」


セレスは手に持って暖めておいた卵を手の内で割った。

彼女なりの割り方ではあるが、ホウメイとそっくりであった。

手間を省いた職人技。

熟練していなければ殻が残ることがある。

しかし、力量の加減が出来ていれば、これほど効率的な割り方は無い。


「へぇ…」


ホウメイが感嘆の吐息を上げる。

一料理人の見解でも、セレスの腕前はかなりのものだ。

それは、手つきの器用さ、流れるような器量のよさから見ても一目瞭然。

これまでの作り方はホウメイとほぼそっくりで、見方によっては模写とも思えた。

が。


「!?」


セレスが手に取った調味料を見て、ホウメイは驚愕してしまった。













静かな廊下に、一つの足音が響く。

察するに走っているようで、少し速い。

黄色の制服を身に纏っている青年。

アキトだ。

この急ぎ様からして遅刻だろうか。


「昨日遅くまで起きてたからなぁ…」


鼻血を噴いて倒れたアキトはそのまま医務室に担ぎ込まれ、数時間して自室に戻ったわけだが、人間の性、血を見ることで興奮してしまった脳はなかなか静まらなかった。

と、言うより、 セレスの『あの』刺激的な格好が脳裏に蘇ってくるとは 口が裂けてもいえないが。

寝付けない彼はそのまま3時まで起きていたため、重たい瞼はそのせいだ。

ふと、目的地の方面から漂う香りに鼻腔をくすぐられ、思わず足を速めてしまった。

食堂の入り口から中に入ったとき、アキトの目に飛び込んだのは、ホウメイといつもより一人少ないホウメイガールズ。





そして、厨房から皿を持って出てきたセレスだった。





まさかいるとは思わなかった人物に眼を丸くしながらも、現状把握のために脳をフル回転させる。

しかし、結論はでない。

だが、目の前にセレスがいることは事実だ。

更に困惑するアキト。

そして、頭をよぎったのは昨日のセレスの格好。

今は黒のアンダースーツなのだが、アキトにしてみれば妙に胸元が艶かしく、再び頭に血が集まるのがわかった。

それすなわち、鼻血の前兆。

その様子を知ってか知らずか、ホウメイはニカッと笑ってアキトを見た。


「お〜、テンカワじゃないか、丁度良いところにきたね。」


突然の言葉に対応しきれず、大脳の60%がフリーズ。

そして、一筋に垂れる鼻血。

だが、それを悟られぬようにポケットティッシュで鼻血を拭く。

ポケットに入れてあったティッシュに生涯でこれほど感謝をしたことは無かった。

その影響で、一瞬の沈黙。

返答の無いアキトに呆れたのか、ホウメイは軽く溜息をついてアキトに歩み寄り、肩に手を置いた。


「とりあえず、あれ、食ってみな。」


ホウメイが『あれ』を一瞥し、視線をアキトに戻す。

アキトは現状を完璧に把握していなかったが、とりあえず、曖昧な返事を返し、サユリが引いたイスに腰掛けた。

目の前にあるのは、何の変哲も無いチャーハン。

セレスが持ってきたところは見ていたが、セレスが作ったとは思えなかった。

多分ジュンコやエリが作ったものだと思っていた。

というより、セレスは食事を作らないという勝手なイメージを作っていただけなのだが…


「あ、い、いただきます。」


手元にあったスプーンを握る。

体温よりも低いため、指先がヒンヤリとした。

アキトは6人からの視線を感じつつ、チャーハンの小山にスプーンを差し入れた。

微妙な反応を残し、すぅっ、と入っていくスプーン。


「・・・!?(これ…よく見たら…)」


米をすくって口まで運ぶ。








パク









「「「「「「どう(ですか)(だ)(だい)?」」」」」」


異口同音に声を出す6人。

流石に6人もの女性に囲まれたアキトは緊張しているようだが、目の前の『それ』の味に驚きを隠せないでいた。

セレスが入れた調味料。

それは、山椒だったから。


「すっごく美味いっす、良い匂いで、なんかこう…ピリっと来るんだけど、それでいて辛さが丁度良いくらいというか…」


口に入れた瞬間に調味料の名前は挙がっていた。

あまりのギャップに一瞬元の味を疑いそうになっていたが。


「一口くださぁ〜い!」


ハルミがスプーン片手にチャーハンの乗った皿に手を伸ばす。

が。

皿はテーブルの上を滑って逃げた。

もちろん、人の手がそれを行ったのだが。


「きゃん!」


テーブルに突っ伏して鼻を打つハルミ。

セレスはそんな様子を見て『あぁ、また仕事が増えるのか…』などと言った愚痴をもらしていた。


「こら、抜け駆けは無しだよ、皿に分けて食べるのが常識的なマナーだろう?」


既に5つの皿を広げているサユリを見て言う。

彼女の手際のよさは コンスコン以上 であった。


「ここは公平にね?」


サユリがチャーハンを分けながら言った。

しかし、ハルミは頬を膨らませたまま。


「ぶー」


などと言っていたりする。


「「「「「いただきます。」」」」」


5人は分けられたチャーハンを頬張り、アキトと同じような表情をするが、それも一瞬。

あとは心底美味しそうに平らげてしまった。


「「「「「ごちそうさま。」」」」」


そして、そんな様子を幸せそうに見つめるセレスとアキト。

同一人物だけに、行動も似ていた。












「おいしかったですぅ!」


エリが笑顔で言う。

他の皆も同じような表情だ。


「独創性があって面白かったよ、新メニューにして良いかい?」


ホウメイはセレスを称えるような眼差しで言った。


「ああ、ホウメイさんにも作ってもらえるのなら、私も嬉しいよ。」







1年と半年前に開発した「テンカワ特製チャーハン」これの根源はスーパーで買いすぎた米にあった。

アパートの狭い部屋が、妙に楽しかったあの頃。

いつもの如くラーメンを売り歩いていたユリカが「チャーハン食べたい!」と言い出して聞かず。

10kgの米袋を3っつ、買ってきた。(もちろんジュンが持ちました。)

最初の頃は普通に炊いたり、チャーハンにしたり、お茶漬けにしたり、ピラフにしたり etc...

しかし、28kg時点でユリカが「もう飽きた!」とのこと。

仕方なく他の調理法を試しているときに三日前に食べた鰻の山椒の小さな袋があって、それを使えないかと思い、

早速試してみたところ、ルリに好評で、行けるかと思い、ユリカに出してみると、これも好評。

かくして、米袋10kg三つは綺麗に無くなったと言う逸話(伝説とも言う)がある。

ちなみに、この頃の食事は朝昼夜全てが米だったという…








「えぇ、これセレスさんが作ったんですか!!!!!!?」


アキトがセレスを見て言う。

その声のボリュームはかなり高い。


「ぅん、あぁ、さっき作った。」


自分の胸辺りに左腕を置き続けていたセレスは自分自身に苦笑し、手を下ろしながら言った。


「…結構家庭的なんスね。」


尊敬か、あるいは称賛を含んだ吐息とともに声を漏らすアキト。


「…それは酷い偏見だな…」


深い溜息を一つつき、セレスは視線を落とした。


「あっ、俺は別にそういうわけじゃなくって、セレスさんは結構料理しなさそうだったから…」


「あ、アキトさんひどーい、そういうの女の子は気にするんですよ!」


申し訳なさそうに言うアキトの眼前に迫り言うサユリ。


「えっ、そうなの!?」


途端にアキトはキョロキョロ。

その慌て様からして、セレスはショックを受けたと勘違いしているようだ。

逆にセレスは最初からアキトの反応を楽しんでいるだけだが。


「ぷっ…」


思わず笑い声が漏れてしまい、左手で口を覆う。

その女性らしい仕草が、今のセレスにはとても似合っていた。

小さな肩を揺らして笑うセレス。


「ありゃ、テンカワ、こりゃセレスの方が一本上手だったようだね。」


そう言って豪快にアキトの肩を叩くホウメイと、周りのサユリ達までもが苦笑をもらしている。

そして、焦りを表情に貼り付けて、6人の顔を代わる代わる見つめるアキト。


「そりゃないっすよぉ〜〜」


最後に視線が止まったセレスの笑顔を見て、紅潮するアキトの顔。

小さく笑うセレスは、何処か幼さを残す可愛さがあり、普段とは別な雰囲気を感じさせていた。











そして、セレスはその空気を。




その笑い声を。




明確な場所ではないが、自分の居場所を。




そして、仲間を感じ、思った。


















『帰ってきたんだ』













と。













あとがき




う〜、いまいちどっちにも徹し切れていないんだよな・・・
ギャグでもない、シリアスでもない、さぁ、なんだべ?
ま、そりゃほっといて。

外伝を書いてみましたが、私的には外伝の方がすきなのですよ。
私は!!
と、いうか、書いてて楽しいんですかね、自分が。
自分がディスプレイの前で書いてて思う感情は読者様方も感じてくださるんではないかと。
あ、でも、自分の力が及ばないときはしっかりと伝わらないんですが。

偉大な作者様方の作品のような、心に残る・・・というのは言い過ぎか、
心の片隅に一時でも留めて頂けるような・・・そんな作品にしていきたいと思っております。

では、次回のACT-#06でお会いしましょう。






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