機動戦艦ナデシコ

princess of darkness










ACT-#5.5「外伝 諸事情」








『ケース1 サトウ・ミカコ』








「あちゃぁ、これは深いな…」


清潔そうなシーツ、所狭しと引き出しや棚に収納されている何らかの薬品。

一般的に見れば医務室なのだが、小さな病院並みの設備が揃っている小部屋。

部屋の殆どが白一色で統一されていて、一際目立つのは、白衣を羽織り、目の前にいる少女の指先をしげしげと見つめる桃色髪の女性。


「えぇ!?」


目の前にいる少女は黄色い制服を着ており、指からは血が流れていた。


「縫うか?それとも自己治癒能力というものを信じてみるか?」


黒いアンダースーツの上に白衣を着ている女性は少々悪戯っぽく微笑を浮かべながら聞いた。


「うぅう…」


不安そうに目に涙を浮かべる少女はホウメイガールズのミカコだ。

どうやら調理中に切ってしまった様で、袖捲りをしたまま、両手が赤く染まっていた。


「包丁で切ったのか?」


勿論、白衣の女性はセレス。


「ハイ・・・」


「縫うって言うのも可哀想だしな。

縫合しなくても、見たところ綺麗に切れてるから大丈夫だろう。」


「本当ですか!?」


途端にパァっと明るくなるミカコの笑顔に苦笑し、セレスはミカコの手を机にのせた。

肌に傷跡が残ると言う事は、女の子にとっては死活問題だ。


「沁みるけど…黴菌が入ると色々困るからな、消毒だ。」


セレスは机の上にあった消毒液と脱脂綿、ピンセットをとると手早く用意した。


「血は止まってるみたいだな。」


手に持った脱脂綿で血を拭いて、また、違う脱脂綿でちょこちょことミカコの傷口を撫でる様に消毒した。

意外と沁みなかったのか、ミカコはうっとりとした顔でセレスの指を見つめていた。

生来の色白の肌。すらっと伸びた細い指。

爪は程よく縦長で、マニキュアを付けていないのに滑らかで、

普通に手当てをしているだけなのに、その動きはどこか妖艶さに満ちている。


「終わったぞ?」


「あ、ええ、はい!」


やや顔を紅潮させ、いつの間にか張られていた絆創膏を撫でる。

無論、しわ一つない。

そこに、セレスの器用さが伺えた。


「あぁ、それから水仕事はしないように、料理とか配膳はまだだ。

 空いてる手でやれる事、そうだな・・・……」


顎に手を当てる素振り。

ミカコはセレスだからこそ似合う姿勢だと思った。

それくらい絵になっているというか、自然という感じ。

可愛くもあり、美しくもあり、格好良かった。


「どうした?」


不意に、ミカコの顔を覗き込むセレス。


「!」


途端飛び上がって両手を胸に当てオドオド、キョロキョロとしているミカコ。

そして、それに首をかしげるセレス。

ミカコの顔が赤いままだというのは・・・何故だろうか。


「ど、どどど、どうも有難うございましたぁ!!」


深々と頭を下げ、くるりと回れ右をして即座にダッシュするミカコ。


「あ、走ったら危な―――」






ガン!!






セレスがそういうや否や、鈍い音が医務室に響く。

ミカコは入り口のドアの頭一つ分隣に頭をくっつけたまま、ぷしゅ〜、と言う音と共に湯気を発していた。













『ケース2 テンカワ・アキト』





『レッツゴーゲキガンガースリィ〜!』


アキトは食堂での仕事を終え、自室へと戻っていた。

勿論、ホワイトボードに映されているのは熱血ロボ、ゲキ・ガンガー3。

ガイも一緒に見ていたのだが、31話になると必ず眠ってしまうという、・・・困った奴である。

既に布団を敷いて爆睡モード全開のヤマダ・ジ「がぁぁい!」

・・・寝言らしい。


「ふぁぁ・・・あ。」


しどけなく欠伸をしてしまうアキト。

流石に疲れたようだ。

コックを目指していたはずなのに、今では戦艦にのって戦っている。

最初は、正直嫌だった。

…逃げたかった。

しかし、今は少なくとも人のために戦っている。

そう、思える自分が居た。


「何時までも、セレスさんに迷惑かけられないからな!」


思いは口に出てしまったが、別に良い、どうでも良かった。

アキトの当面の目標はセレスだ。

エステバリスの操縦にしても、性格にしてもそうだ。

強い、格好良い、綺麗。

女神が居るなら、それはセレスのような人だとアキトは恥ずかしいことを考えている自分に苦笑し、ちらりと時計を見やる。


「シミュレータールーム・・・開いてるかな?」


そう思い、アキトはビデオのスイッチを切った。

そして、部屋を出ようとドアに近寄った・・・その時だった。


プシュ


「え?」


不意にドアが開いた。

目の前に立っているのは・・・セレスだ。


「え・・・え、えぇっ!?」


「あれ、ああ、すまん、部屋を間違えたらしい。」


悪びれずに言うところ、本気で間違えたようだ。

当然といえばそうでもある、4年前までは自室だったのだから。


「セレスさんの部屋は居・・・ぶはっ!!」


アキトは目を見開いた。

会話を始めてから顔より視線を下げたらなんと薄着!!

よく見ると下着に短パン!!


「っぶがぁ!!」


アキトには刺激が強すぎたようだ。

顔を紅潮させ、滝の様に鼻血を流している。


「ど、どうした、おい、アキト、アキト!?」


突如としてアキトは後ろ向きに倒れてしまった。

未だ鼻血は止まらない!!

と、いうか、噴水状態のそれに近い。

もちろん、セレスはアキトの身体に異常が起きたと思い、しゃがみ込んでアキトを見る。


「どうした、おい、おいったら!」


流石に靴を脱ぐわけにもいかず、四つんばいになってアキトの額に手を置いた。


(熱はない・・・なら、どうして?)


自分の額の温度と比べてもそう変わりない。


「おぱ・・・おぱ、お、お、た、た、たに・・・」


「おぱおぱ、おおた、たたに?なんだそれ?」


不思議そうに首をかしげるセレス。

依然として真っ赤な顔をしているアキト。


「おっぱ、おぱ、が・・・た、たたたに、たにが・・・」


「おっぱおぱが、たたた、たにたに、が?」


次の瞬間、アキトの意識は遠退いた。


「お、おい!」


その、アキトの顔が妙に嬉しいやら、悲しいやらと、複雑だったのは言うまでもない。








『ケース3 整備班クルー ウリバタケ・セイヤ&フジシロ・ダイスケ』





格納庫の整備班は何時でも暇、というわけではない。

それは整備というぐらいなのだから機体のコンディションを最高に保って置くことが役目だからだ。

定期的に動かしたり、油を差したり…まぁ、そんなところではあるが。


「班長、ゼロの潤滑油はCっすかぁ?」


今までゼロの内部駆動系を補修していた整備班クルー、フジシロ・ダイスケは顔を挙げ、ウリバタケに向かい、声を放った。

顔に油や汚れがついているのはご愛嬌。


「いぃ〜や!わかってねぇ、この可愛娘ちゃんはだなぁ、擦り切れが激しいからBが良いんだよ。」


そういって油さしをバーのカウンターテーブルを滑らせるような感じで渡すウリバタケ。

・・・倒れたらどうするつもりだったのだろうか。


「ども〜っす。」


流れてきたそれを受け取り、再び装甲を開け、身体を突っ込んだ。

勿論、中は暗いので頭に巻きつけておいた懐中電灯をつける。


「・・・(う〜ん、この油の香り、機械の香りっていいなぁ〜)」


なんて思いつつ、フジシロは黙々黙黙と作業を進めていった。

ノーマルエステとは比べ物にならないほど、ゼロの内部は複雑で繊細であった。

それに感心して、念入りに油を差していく。


「あ、悪い!」


何処か遠くで声が聞こえた。

女の声だった。

しかし、悪い?

フジシロは野次馬根性とも言うべきか、それを発揮して一度身体を抜こうとした・・・のだが。


「ぬ、抜けない?」


深く入りすぎたことを完全に失念していた。

もともと体型は普通の方だ。

しかし、機械と人の柔軟性はぜんぜん違う。




・・・・・・・・・・・・・・・・・やばい。





「うぉおおおお!!!!?」


身をよじったり、上下させても微動だにしない。


「ぬぅぅぅ!」


両手が奥まで入っているが、機械を手がかりにするわけにもいかないのが匠。


「何やってんだ?」


唐突に、声が聞こえた。

装甲越しなので声の主はわからないが、そんなことには構っていられない。


「あぁ、頭入れたら…くそっ、出れなくなって・・・」


自分でも少々情けない声を出してしまったが、この際どうでも良かった。

本当に出られないのだから。


「待っていろ、それと・・・手に何か持っているか?」


「ぇ・・・あ、あぁ、油さしだけだけど。」


「一旦手を離せ、解る場所にあれば良いから。」


「ぁあ?でも、それじゃ・・」


「いいから、さっさと離せ。」


「わかったよ・・・」


嫌に冷静な奴だ。

フジシロはそう思った。

しかし、同時に頼れる奴だと思った。


「出来るだけ身体を真っ直ぐにしろ。」


外の人間がそういってフジシロの腹部に手を絡ませる。

意外と細い腕だった。


「それと、頭をぶつけないように。」


フジシロは咄嗟に頷いて見せたが、見えるはずがない。


「それじゃ、一、二の、三で引き抜くからな。」


「ああ。」


力なくフジシロは返事をして、外の人間はタイミングを推し量るように静かになった。

そして、数秒が経つ。


「一・・・二の・・・」


外の人間の手がキツクなっていくのがわかった。


「「三!!」」


ズボッ、と言い例えるのが丁度良いと思える大根抜き。

勢い余った二人は後ろに倒れこんだ。




「ぅう〜」


「あ、悪ぃ」


フジシロは助けてもらった人の上に乗っていた。

大層ふてぶてしい奴である。

そして、立ち上がる際、相手の胸を掴んでしまった。


「痛っ!」


「あ、悪い・・・って、胸ぇぇぇ!!?」


セレスだった。

鷲掴みだった。

これでは弁解の余地はない。

即刻「セレスさんFC」の方々に抹殺されることは確実だ。


「あわわわ!!」


慌てて手を離す。

セレスの顔を覗き込んでみると、苦痛とも、非難とも思える視線がフジシロに向けられていた。

焦るフジシロ・ダイスケ25歳、男性、独身、血液型はA型。


「ふ〜じ〜し〜ろ〜?」


刹那、何処からともなく声が聞こえた。

フジシロは幻聴だと思いたかった。

いや、思わざるを得なかったのかもしれない。


「・・・ぁ・・・」


その声が、絶望の叫びに変わるまで、そう時間はかからなかった。

まるで「ショッカー」の雑魚共の様にグルリとフジシロを取り囲む整備班一同。

その目は血走っており、今にも乱闘が予想され「者共!やっちまえ!!!!!!!」

乱闘が、始まったようである。

勿論、リーダーはウリバタケ。


「ぎゃぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」


「ってめぇ!一人だけ抜け駆けしくさって!!」


「セレスさんの胸の形が崩れたらどうすんだ、ボケが!!!」


「畜生め、ずりぃぞコラぁ!!」


飛び交う罵声、あふれ出る血潮、悲鳴を上げるフジシロ。

正に地獄絵図。

一応安全圏に退避しているセレス。

そのセレスの方に、ぽん、と手が置かれた。

振り返ってみると・・・ウリバタケだった。


「お前も可哀想に、あんな奴にごうか・・・んん!!?」


ベキ!


反射的に張り手をお見舞いしてしまった。

そんなに強くひっぱたいたつもりは無い。


が、

ウリバタケの首はあらぬ方向に向いていた。









一連の騒動の後、セレスが胸の大きさや形などを確かめていたのは・・・一応として書いておこう。














医務室にて。


ベッドに包帯姿で横たわっているフジシロ。

気絶しているミカコ。

首にギブスを装着しているウリバタケ。

鼻にティッシュを詰め込んでいるアキト。

そして深く溜息をついているセレスがいた。


「鼻血、打撲、打撲、打撲…」


セレスが個人の怪我リストと全体のリストに書き込んでいく。

表情はあまり冴えない。


「仕事を増やしてくれるなよ・・・」


ウンザリ、と言った視線で4人を見据える。

その全てにセレスが関与しており、

そして、その中の一人は完全にセレスが原因なのだが、彼女は全く1ミリも気付いていない。


「中でもフジシロは・・・最悪だな。」


その冷淡な言葉に、フジシロは一瞬反応し、満足に動かない顔をセレスに向けた。


「全身打撲、肋骨にひび、切り傷擦り傷と来た。」


小言の一つでも言われるとでも思っていたのか、フジシロは意外そうに目を見開いた。

対するセレスは白衣を脱ぎ、折りたたんで籠に置く。

アンダースーツは嫌にセレスのボディラインを浮き立たせていて、艶かしかった。


「っと、まぁ、安心しろ、私は叩いたりしないから。」


笑みを含んだ言葉が投げかけられる。

その言葉は慈愛に満ちていた。

本人も気付いていない、言葉の魔法に。

途端に顔を赤らめ、目線を逸らすフジシロ。

時たま、チラリと視線を戻すが、やがてまた逸らしてしまう。


「あぁ、アキト、血止まったか?」


「は、はい、大丈夫みたいッス。」


セレスがアキトに身体を向け、言葉を投げかける。

セレスは先程アキトの言っていた意味不明な言動を理解できていなかったが、気にもかけていない様子だった。

アキトの言いたいことは「セレスさん、おっぱいの谷間が見えてます。」だったのに(核爆)


「鼻血というのはな、昔から甘いもの食べたらでる、みたいなこといわれてたけど、食べすぎには注意しろよ。」


「はい。」


何故か足早に廊下に出て行くアキト。

続いてウリバタケも立ち上がる。


「んじゃ、俺も行くわ」


セレスに向かって右手をひょいと上げる。

彼なりの礼だろう。


「あまり首に負担をかけないように、それと、仕事は控えめにな。」


セレスは同じように手をあげ、そう付け足した。


「わぁってるよ!」


ドアがスライドし、ウリバタケの最後の声が濁って聞こえた。


「ミカコ?」


セレスがベッドのカーテンを開ける。

珊が金属質な音を立て、布が押し避けられた。


「はい?」


「水仕事と配膳は当分お休み。ミカコには机拭きとかをさせてもらうように、私からホウメイさんに言っておくから。」


セレスの手がミカコの額にできたお団子に乗せられる。

まるで、それがくすぐったいかのように肩をすくめて頬を緩ませるミカコ。


「それじゃ、今日はもう自分の部屋に戻りな。」


つぅっ、と頭を撫でてそう言う。

とても優しく、とても愛らしいその仕草。

普通の男性なら目を奪われてもしかたがないような光景だった。

ラピスの容姿とは、また違う、セレスの表情。

ナデシコA、ここにいた頃の『テンカワ・アキト』の雰囲気とも相まって、黒の王子は失れかけてきている。

それが良いことなのか、それとも悪いことなのか。

判断を下すのはセレス自身だ。

一瞬、セレスの表情に影が走る。


「・・・セレスさん?」


ミカコが普段のあっけらかんとした雰囲気でセレスを見つめている。


「ん、あぁ、寝ないと駄目だぞ。」


「はぁい。」


その言葉を置いて部屋を後にするミカコ。

横を見ると、フジシロはとても気持ちよさそうに寝息を立てていた。















煌々と、人工の明かりを灯す蛍光灯。彼女にはそれがとても眩しく見えた。

ふと、目を細めて口を開く。


「全く・・・」


自嘲をし、自分の髪を乱雑に撫でた。

だが、彼女の眼は、変わっていない。


色も。













そして、輝きすらも。


















≪あとがき≫


良く解らない外伝になってしまいました・・・
ギャグに徹するわけでもなく、かといってシリアスでもないし・・・
次のACT-#5.65はギャグでいきます。

あと、補足です。

5.65などと言っているのは、

5〜6話の間で、カンマ(.)の後ろの数字は時間の関係を表します。

では、読者皆様の健勝を祈りつつ、ここで御暇いたします。
次回のACT-#5.65でお会いしましょう。

Byしょうへい



戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送