機動戦艦ナデシコ
princess of darkness





ACT−#02 「その自由、得るために」














「あそこか…」




月明かりとサーチライトに照らされた空を、プロトエステバリスが滑空する。
地上の軍も壊滅状態であり、これから先は人的被害も膨大になるだろうと予想される
だが、それは別段珍しい事でもない。敵が攻めてきた以上、ここは戦場なのだから。







そんな戦場の空を、無骨な機体は文字通り滑る様に飛んでいく。
プロトタイプエステバリスは基本的に、後期のものより性能が良かった。
しかし、機体の総重量の関係上、扱いづらいというのが正直な所だろう。

その扱いづらいと言うのも、一般のパイロットから見ての話だが。

「…ジャジャ馬か…しかしブラックサレナに比べたら、まだまだだ」


セレスは爆炎の広がる地上を見てそんな事を考えていた。
今のままでは、後1時間位すれば、ここサセボは壊滅だろう。
しかし、そんな事は彼女にとってどうでも良かった。
人助けなんて名義で人殺しなんてしたくも無いし、頼まれたとしても、お断りだったからだ。






地上に黄色い色が蠢いているのが見える。







「囮か…そんなケチな事は言わず、全て叩き潰してやる……」






セレスが口の端を歪め、不敵に呟いた。













地上サセボドック、ナデシコ内ブリッジ



エマージェンシーがなる中で、ブリッジ要員は配置についていた。
戦艦であれば、それは当然の事だろう。


「艦長、ここを突破する作戦はあるか?」

むっつりとした顔の男が、ユリカに聞く。

「…まず、エステバリスをエレベーター、もしくはレールで射出、そのエステバリスが敵の注意を引きつけているところで、ナデシコは海底ゲートを抜けて、いったん海中へでます。
 そして、エステバリスが沿岸に到着して、回収したところでグラビティブラストを発射…これで行きましょう」

ものの2秒で作戦を思いつくユリカ
だが、けっして子供の浅知恵ではなく、戦術面、被害面からしても最良の選択だ。
これだけで、『ユリカがどれだけ優れているか』と言う事が分かる。

「ミナトさん、相転移エンジン出力上昇、核パルスエンジン始動。
 メグミさん、まだデッキに残っている人の収容、退避勧告をお願いします。
 ルリちゃん、ゲート注水、2分後にお願い!」

しかも手際まで良いと来ている。

「エステバリス、良いですか!?」

ユリカは格納庫にコミュニケをつなげる。
だが、これが原因で彼女の完璧な作戦は壊れた。
ウィンドウに写ったのは中年のメガネを掛けた男性だ。
彼はウリバタケ・セイヤ。ナデシコの整備班長だ。

『…エステはあるんだがよ…肝心のパイロットがあれじゃ…なぁ』

ウリバタケは、そう言って後ろを指差す。

『うぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁ! いででででででぇ! うぎゃぁぁぁ!!!!』

この暑苦しい叫びを上げている男は、ダイゴウジ・ガイことヤマダ・ジロウ。
現在ナデシコに搭乗している、唯一のエステバリスライダーだ。
ところが…その片足は、ギブスで固められている。

『とにかく! 足が完璧に折れてやがる、この分じゃあ、操縦なんて夢のまた夢だ』

ユリカの顔が、凛とした表情から『へっ!?』と言った驚きの表情に変わる。
まぁそれも仕方ないと言えるだろう。
未だ出航すらしていないのに、パイロットが重傷を負っているのだから。

「じゃあ…この作戦は…失敗…?」

「そうでもないみたいですよ。
 今、エレベーターが作動中、陸戦タイプのエステバリスが載ってます。」

ルリの唐突な報告に一同の顔が驚きに変わる。

「それと、現在、地上で所属不明機が木星蜥蜴と交戦中」

続けて、地上の様子を写したウィンドウを開く。

「地上への被害も比較的軽度、住民の避難も完了したようです。」

ウィンドウに写っているのは誰もが見たことが無いエステバリス。
そう、プロトエステバリスだ。

「あれは…」

プロスペクターの声に、ユリカが反応する。

「ご存知なんですか?」

プロスペクターはメガネを中指でクイっとあげる。

「PA-001-ZERO…」

プロスペクターの横文字にユリカがたずねる。

「ぴぃーえー、だぶるおーわん、ぜろ・・って?」

プロスペクターのメガネがキラリと光った。

「プロトタイプエステバリス、通称零式。生産コストやパイロットの安全面などを抜きにしてプロジェクトされた機体でして。
 その分、現在のエステバリスよりも高性能なものになったのですが……。
 パイロットへの負担を削った為、パイロットに依存しすぎる操作性と、特殊なIFS接続プロセスのせいで汎用性が芳しくないのです。
 試作機との意味合いも込めて【ZERO】と呼称してますが、パイロットのニーズにこたえられないピーキーな機体だったので、
 一機のみ生産。その後プロジェクトごと凍結。現在はネルガルのサセボ20番倉庫で保管整備中だったものです」

プロスペクターはそう言った後、ウィンドウを見上げた。

「あれを乗りこなすとは…相当な力量を持ったパイロットなんでしょうなぁ…」

プロスペクターがそう言ったあと、ゴートが口を開いた。
それはゼロの特異性を知り尽くしたゆえの言葉だ。
IFSさえあれば、赤子でも動かせると言うエステバリスの範疇に入らない、ゼロの操作性…。
それを見事なまでに操るパイロット。…尋常じゃない力量を持っていることは明らかだ。

「囮は十分、艦長、さっきの作戦だ」

ユリカが再び凛とした表情に戻る。

「はい!」

ユリカが呼応する、

「ドック8割方注水完了、ゲート開きます」

ゲートが開くと、ナデシコはゆっくりと水平移動をはじめた。

「エステバリスのパイロットに通信をお願いします!」












「35! 36! 37!」







エステバリスがイミディエットダガーで敵を切り裂いていく。
地を這う物にはライフルで攻撃し、空中を飛ぶものにはダガーで一撃の下に斬り捨てる。
一見、逆かと思われがちだが、空中を移動する物は照準が付け難く、無駄弾を放ってしまうことが多いのだ。
例えて言うと戦車と戦闘機の戦いのようなものだ。
戦闘機にしてみれば、地上をとろとろ走る戦車など格好の獲物であった。
空中で待機できるプロトエステはまさにそれである。
半端でない力量を持つセレスが行っている戦法ほど、効率の良いものは無いのだ。








「38! …そろそろ来るか?!」

セレスは海に向かってエステバリスを直進させた。

「…!?」

彼女の視界に入ったのは、ワインレッドの陸戦エステバリス。

「昔の…いや、アキトか!?」

既に自分と過去の自分を割り切ったのか、ほんの少し前まで自分が名乗っていた名前を、声に出して叫んだ。
ワインレッドのエステバリスは、回避運動こそするものの、時々無意味な反撃をして敵の攻撃をいただいている。
あれではまるで素人…というか素人そのものだ。
当たり前である。アキトはこの時は何も知らない素人なのだ。
セレスは自分の考えに苦笑した。

「見ていられない…まぁ…しょうがないか!」

セレスの駆るプロトエステバリスは、ワインレッドのエステバリスを執拗に追い回しているバッタとジョロにハンドガンを放った。
放たれた凶弾は、狙いを誤らずに敵に着弾し、バッタを鉄屑へと変えていく。
不運な事に、爆発に巻き込まれて誘爆を起こすバッタも少なくなかった。
瞬間的に敵の力量を考えたのか……それとも、最初からそういう風にプログラムされていたのか…。
トカゲの兵器は一気にセレスのゼロに照準を合わせた。

「邪魔だ…!」

多少苛立ちが含まれた声が発せられ、セレスはバイザー越しにバッタとジョロを睨む。
そして、IFSに力を込め、装着されている武器全てを解放した!
ガトリング、ライフル、ハンドガン、ミサイルの弾頭がバッタ、ジョロを完膚なきまでに貫き、あたり一体には爆炎が拡散した。








「ん?」

セレスはワインレッドのエステバリスを見た。
いくらか被弾したらしく、明らかに動きが悪い、このままではすぐ追いつかれてしまうのは明白だった。

そう思った彼女は、ワインレッドのエステバリスに肉迫し腕を掴んだ。
もちろん攻撃目的ではない。
通信回線を一度も開いていないアキトの機体とは通信が送れない。
よって、エステの接触回線で通信を送るほかない。
セレスは急いでエステバリスのパイロット、アキトに通信を送った。

『…はぁ、はぁ、はぁ』

ウインドに映ったのは、息を切らし、瞳を恐怖に染める青年。
見間違えるはずもない、昔の自分、テンカワ・アキトだ。

『…アンタ、さっきの!?』

セレスのゼロに腕を掴まれた瞬間、アキトは驚いて距離をとろうとしたが、突然現れたセレスの表情に更に驚いたらしく、一切の動作が止まっている。

「今から…飛ぶぞ!」

唐突だったが、これ以上うまく今からすることを表現できる語は無いだろう。
セレスはそう思い、説明を省いた。
説明をしている時間はないし、何よりあと30秒でナデシコは海からその姿を現すのだ。

『えっ!? 飛ぶって!?』

アキトは動揺していた。
だが、そんなことに構っている余裕は無い。
セレスとてグラビティブラストの巻き添えにされたくないのだから。

「スラスターを最大にふかせ! ローラーダッシュじゃ間に合わん、舌…噛むなよ!」

アキトは、いきなり現れた桃色髪の女性が言っていることを理解するのにコンマ数秒程の時間を要したが、次の瞬間には力強く頷いた。

『えっ!? もう、どうにでもなれ!!』

そういうと、ワインレッドのエステはスラスターをふかし始める。
未だ繋がったままのゼロはその振動をコックピットまで伝えた。
そして、ワインレッドのエステバリスのスラスターが蒼き炎を灯したと目視した瞬間、セレスは敵にハンドガンをうちこんだ!

「今だ!行け!」

セレスが放った焦燥交じりの叫びと共に、ワインレッドのエステバリスは空に舞った。
だが、陸戦フレームのため長くは飛べない。

『う、うおわぁあああ!』

開かれたままの通信回線から情けないアキトの声が入る。
そして、それと同時にワインレッドのエステバリスが落下してきた。


―――…………今だ!


セレスは、慣性飛行を続けながら落ちてくるエステをキャッチした。
ガクンと言う擬音語で表現するのが相応しい振動が伝わるが、セレスは歯を食いしばり、その衝撃に耐える。
次の瞬間、セレスのゼロはそのままスラスター使い、加速した。


丁度その時、大きく水面が揺らぎ、海水を弾く白亜の戦艦が姿を現した。

…ナデシコだ。

セレス達は、ナデシコの艦橋部分に着地した。





「グラビティブラスト発射ぁ!
 目標!敵まとめてぜーんぶ!!」

お決まりのビシッ、と発射方向を指すポーズまでとって、
ユリカが威勢良く叫んだ

「グラビティブラスト…発射」

ルリがそう復唱し、コンソールにおく手の甲のIFSが光る。
その瞬間、フィールドブレードの間にある砲門から、不可視の重力波が形成され、撃ち出された。
その弾道に沿って海が二つに割れ、激しい波が作られる。
見えない重力波に押しつぶされる木星兵器、そして、爆発が幾重にも起こり、重力の柱に円形の炎が飾られた。

しばらくすると、海は元に戻り、爆発も消えた。










「…終わったな。」

水平線に浮かぶ朝日が、ナデシコとエステバリスにスポットライトを当てるように、とても眩しく照らしていた。
















格納庫には、プロトエステバリスをいじりたくてうずうずしているヤツらがエステの帰りを待っていた。
既に整備班内で役割が分担されているらしく、
「俺スパナ」「んじゃ俺レンチ」などと分解する手はずの確認さえ行っている。



そんな不気味な光景の中、格納庫には場違いの赤ベストの格好の男性、プロスペクターが格納庫にひょっこりと顔を出した。

「珍しいじゃねぇか、あんたがここに来るなんてよ」

目ざとく見つけたウリバタケの視線の先にいるのはプロスだ。

「私は、さっきのパイロット二人に用がありまして…はい」

そういう彼の左手には、しっかりと計算機が握られている。
そして、そんな会話をしてる間にも、エステバリスは着艦し、所定の位置へと戻っていた。
エステが固定され、コックピットが開く。



「はぁ〜」

アキトが気の抜けた炭酸水のような声を出すが、別段誰もとがめる様子はない。
初の戦闘で小破というのは偶然、奇跡にしても凄いことのようだ。

「…どうした。間抜けな声なんて出して。」

そういうセレスも長い髪を後に回し、マントを取り去っている。
額に汗が浮かんでいるところを見ると、大分体力を消耗したようだ。

「いや、なんでもないっす…」

セレスとアキトは備え付けのワイヤーでコックピットから降りナデシコの格納庫の床へと足をつける。

「ならいいがな…」

セレスが苦笑も含めて呟いた。
アキトには聞こえないように言ったようだが、騒がしい格納庫ではそんな配慮も無用だったようだ。
ふと、セレスが視線を上げると、近寄ってくる者がいた。

見間違えるはずもない。
プロスだ。

「どうもこんにちは、私、こういうものです」

近づくや、すぐに名刺を差し出してくるプロス。

「…………」

セレスは名刺を無言で受け取り、プロスペクターを見据える。
しかし、不機嫌な様子は全くといって良いほど見受けられず、逆に、バイザーで隠された目は懐かしさに潤んでいた。
プロスは社交辞令の「スマイル0¥」を見せ、早速本題にうつる。

「先刻の戦い、お見事でした。…このエステバリスを操縦していると言うことは、ラボの方ですか?」

プロスペクターは、セレスのバイザーを見て言う。
セレスは、まるで自分の目を見られているような錯覚に陥ったが、それを気にすることなく口を開いた。

「いや、私はそう言った類のものではない。
 私は…ただ頼まれただけだ」

プロスペクターは、メガネを上げる。

「このエステバリス、実は…」

「欠陥品なんだろう?」

セレスが間髪いれずにいった。

「知っているのなら話は早い。
 このエステバリスを現段階で動かせるのはあなただけなのです。
 ですから、このエステバリスのパイロットを務めてはくれませんか?
 お給料は…この位で…」

プロスペクターは、計算機に数字を入れてセレスに見せた。

「ん?」

セレスは前回乗ったときの給料より、少し高いことに気づき、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

「何でこんなに高いんだ?」

「実は、人手不足の折、お金もありませんしねぇ、あなたには、パイロットともう一つ、仕事をお願いしたいのです。」

「なんだ?(コックか?)」

プロスペクターの顔がニヤリと笑う。
だが、陰険な笑みではなく、何かを企んでいるような、そんな感じだった。

「…あなたは、医学の知識がおありですか?」

「……ああ、本格的なオペは出来ないが、応急処置や、軽度の傷の手当てくらいなら出来る…が、それと仕事とどういう関係があるんだ?」

いきなりの質問にキョトンとしたセレスだが、すぐさま立ち直り、質問に答えた。
しかし、次の瞬間、プロスが更に顔をほころばせたのを見て、背筋に悪寒が走る。
そして、直感した。
―――何か良からぬことを企んでいる、と。

「そ、それで、仕事とは?」

焦る様なセレスの上ずった声に、プロスが、またもやニヤリと笑う。

「メディカル・ルームの治療班を…」

…冗談では無い。
1日中メディカル・ルームにいるなど、セレスに出来るはずも無い。
いや、むしろ、無理だろう。
快活だった性格は早々直るはずもないし、同じところにいるなどということは正直無理な話だった。

というか、途中で抜け出すぞ……多分。

「少し…無理が無いか?」

セレスは、プロスペクターをちらりと見る。

「無理強いはしません、ですが、他には、清掃班、整備班のどちらかに入ってもらうことになりますが…」

冗談ではなかった。
1日中掃除や、格納庫に缶詰状態など…。
ましてや整備班に女が行ったら何されるかわかったものではない。
いや、むしろ精神的に無理だろう。

というか、途中で逃げ出すぞ……絶対。

「パイロット…だけでは駄目なのか?」

プロスペクターの顔つきが厳しくなる。

「パイロットは何人居ても良いんですが、先程入ってきたテンカワ君のこともありましてねぇ…。
 そのため、何人居てもいい整備班と治療班と清掃班を提案してみたんですが…。
 どうしても駄目ですか?」

プロスペクターが懐に手をしのばせる。
セレスは、更に背筋が寒くなるのを感じた。
そして思った。


『この人には、逆らわないほうが良い…』と。







「…わ、わかった、それで良い、いや、それで行こう」

セレスがそう言った途端、プロスペクターの顔がにんまりと笑った。



………やられた。

セレスがそう思ったのは言うまでもない。



「では、契約書にサインを。」

プロスペクターが懐から紙とペンを取り出す。

「ああ、解った。」

一応、自分の生活に支障が出そうな事とかには取り消し線を引いておいたが。
一例を挙げると…

・有給休暇中の保険の効果の無効。
・給料の振り込み方(銀行振り込み・現金支払い)(「セレスはカードに直接入れろ」と書いた)
・男女交際、男女間の部屋の往来


だが、それを快く思っていなそうなプロスペクターだった。

「それで…部屋なんですが…もともといっぱいな所に、先程テンカワ君が入りまして…余裕が無いんです…はい。」

申し訳なさそうに呟く。
プロスはセレスの性格を外見で少々決めてしまったらしい
男性とはあまりプラトニックには慣れないと想定し、事を進めた。

「あなたは女性ですから男性と相部屋は無理ですし…」

考える素振りを見せ、相手の出方を待つ、これもプロスのやり口だ。

「もういい、だから早く決めてくれ。」

プロスペクターはまだブツブツ言っている。
時間の無駄だと悟ったセレスはゴートの説教を食らっているアキトの所へ行った。




「で、あるからして、今回のケースでは仕方の無いことだが、事態が事態なだけに処分はなしとする」


相変わらずマエフリが長いのだ、この人は。


ゴートが話し終わると、セレスは少し近づいた。

「あ、さっきはどうもッス。」

アキトがセレスに気づいたらしく。
彼女に向かって手を振る。
煩わしそうにそれを見るセレスだが、頬には微笑が浮かんでいた。

「君が例の零式のパイロットか…名前は?」

ゴートがセレスのほうを向く。

「私の名は……後でみんなに自己紹介する時まで黙っておく。」

ふっ、と視線を落としながら言う。

「では、後でブリッジにきたまえ…」

ゴートはそう言って格納庫を後にした。
残された二人は、その態度の滑稽さに苦笑していた。







「テンカワ・アキトっす。
 いやぁ〜驚いたな〜。偶然って、重なるものなんすね。」

アキトがセレスの方に向き直り、言う。
その目には少々羨望の眼差しさえもこもっていた。

「さっきの戦闘、初めてだろう、なかなか良い動きをしていた。」

セレスがそう言うと、アキトの頬が赤く染まった。

「はぁ……どうも。」

どうやら照れているようだが、少し辛そうな表情もしていた

「戦闘は嫌いか?」

アキトの表情を悟ったのか、もう1度声を掛けて見る

「俺はパイロットじゃないですし…」

少しだけ顔が強張っていく。
多分、火星での事を思い出してしまったのだろう





「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!
 これが零式かぁ!!」

そこへ、セレスとアキトの会話を遮るかの様に叫び声に近い声が聞こえる。

「…?(もしかして…)」

そう思ったセレスは背後を振り返った。
其処にいたのは、ゼロに頬擦りしながら絶叫しているウリバタケ。

「戦闘後とは思えないこのすべすべのボディ!
 重厚感がありながらも洗練されたフォルム!
 何もかもがたまんねぇぇぇぇーーー!!!!」

はたから見れば変人としか言い様のない行動にも、何処か懐かしさを覚え、セレスは小さく笑みを漏らした。
そんなセレスを見るアキトの顔ももう強張っておらず、少々赤かった。

…元テンカワスマイル…健在である。









エアロックの空気音がしたあと、ブリッジにセレスとアキトが足を踏み入れた。
一斉に集まる視線に緊張しながらも、二人はプロスの居る位置へと足を進めた。

見なれたブリッジ、懐かしいような…そんな感じをうけているのはセレス一人だけ。
ブリッジには、プロスペクター、ジュン、ユリカ、ゴート、ルリ、ミナト、メグミ、フクベ、ムネタケ、ガイがいた。
セレスとアキトがブリッジに入った時から、誰もが胡散臭そうにセレスを見ていた。
当たり前といっては当たり前だ。

黒一色の服、マント、目を隠すバイザー、いかにも怪しい風貌そのものなのだから。

そんな彼女が引き起こしたともいえる沈黙を破ったのは、やはり…。

「誰よ!その怪しいヤツ等!」

ムネタケであった。お前のほうが十分怪しいがな、特に髪型が。(苦笑)
そんなムネタケの様子を見てか、プロスは咳を一つ払った。

「え〜と、この方達が、さっきのエステバリスのパイロットです。」

何処か弁解するような雰囲気を混ぜて言う。
しかし、いきなり質問が飛び出した。

「どっちが灰色のに乗ってたんですか?」

通信士のメグミ・レイナードが興味本位から唐突にたずねた。
プロスは彼女の質問に動揺する素振りさえ見せず、セレスの方に手をやった。

「この方です、…名前は……聞いてませんでした。」

おいおい、仕事より先にそう言うこと聞かないか、普通。

プロスが悪びれずに言う点、別段気にも留めてないようだが、失礼なことである。

「セレス・タイトだ」

セレスは、半刻前決めた名前を言う。
まだ自分の名前という実感がわいてないのか、棒読みであった。
その名前を聞き、ブリッジのクルーが名前を頭に入れた後、プロスは再び口を開いた。

「テンカワさんにはコック、セレスさんには「しつも〜ん!」…」

唐突にでたユリカのお子様的な挙手質問にプロスペクターもたじろぐ。
当のユリカの表情を見れば、本当のお子様なのだが。

「なんでセレスさんは、サングラスみたいなのをしてるんですかぁ?」

久々に聞いたユリカの声に、セレスは少々困惑したが、すぐにいつもの様子に戻った。
あんなに求めていたユリカが、目の前に居る。
ユリカはセレスという存在を知らず、その無意識のうちに出来ていた距離は遠かった。
物理的な距離は数メートルであっても、心の距離は数光年もある。
今、セレスは『アキト』でも、『The Prince Of Darkness』でもない、だから遠いのだ。
一心に愛していても、純情に守ろうとしても。
現状ではセレスは『セレス・タイト』でしかない、そう気付かされて。

「一切を不問としてくれ…話せば長くなる…」

沈んだ様子で呟くセレス。
本来持っているくらい雰囲気より深い哀愁が伝わってくる仕草だった。

「ごめんなさい…」

本当に申し訳なさそうにユリカは謝罪の言葉を述べた。
自分の言葉で、蒸し返すような真似をしてしまったようで心苦しかったから。
そんな気まずい雰囲気を吹き飛ばすように今度はプロスがまた咳払いをした。

「セレスさんには、メディカル・ルームの看護士をしてもらいます。
 それで、部屋なんですが、テンカワさんにはヤマダさんと相部屋ですが…
 セレスさんは性別上、異性との相部屋は避けたいのです…はい、 
 そこで、だれか女性で相部屋で良いと思った方は、手を上げていただけますか?」



当然、挙手はない。



出航前から顔合わせを行っていた人員ならともかく、飛び入り状態のセレスには皆抵抗があった。
纏っている服やバイザーが恐怖を与えたのだろうか、それとも、『The Prince Of Darkness』だった頃の残り香でもあるのだろうか。
近寄りがたい雰囲気と、独特の『闇』というのが相応しい恐怖。
まるで変わっていないのだ。
姿形は変わろうとも。











「…はい」

沈黙をかき消すようにルリが手を上げた。
周りからは反応は軽い驚愕と賞賛、と言ったところか。

プロスペクターの顔が少し綻ぶ。

「そうですか、では早速ベッドの搬入を急ぎましょうか、セレスさん、荷物は… ?」

ここまで言われてセレスは、やっと気がついた。

(…荷物なんて、持ってない、というか、買う暇すらないし…)

その状態は致命的に近かった。
過去では中華なべや調理セットを持参してネルガルに赴いたので多少のものはあった。



しかし現在は目ぼしい物も持っていない。
ユーチャリスの艦内から来てしまったので当然というならそうなのだが。






「いや、荷物はない、しいて言えばこの服とバイザーくらいか…」

セレスがそう言った瞬間、周囲の顔が驚愕に染まった。
幾ら服装が怪しいといっても、着替えは持ってくるだろう。
それが一同の見解だった。

「無い…と、おっしゃりますと?」

プロスが怪訝そうに問う。
だが、セレスは別に気にする様子は見せなかった。
なぜならば、ナデシコ内には多数の自動販売機が存在し、生活用品や衣類、雑貨など、生活に必要なものは何でも揃う。
歯ブラシや洋服はもちろんのこと、雑誌(出航時のもの)や書物でさえも購入が可能なのだ。






「あ、思い出した。」

ゴツゴツしたものが身体に当たった瞬間、セレスはふと思い出した。

(まだあったじゃないか!)

そう思い、セレスは見につけていたマントを手際よくひっくり返した。






ガン、カラン、ボト、ガチャン、ドガガガガガガ!!






金属質な音が雨の様に鳴り響き、数秒後、止まった。







「もしも」の為に役立つ道具セット。


48口径小反動マグナム
グロッグ17
ステアーAUG-A1
アーマライトAR-15
I・M・Iウージー
S&S 30mm装甲貫通弾28連発マガジン×5
S&S 19.0mm爆裂鉄鋼弾20連発マガジン×6
10mm弾17発入りマガジン×7
9mmパラベラム弾25発入りマガジン×4
5.56mm弾20発入りマガジン×6
7.62mmNATO弾30発入りマガジン×3
日本刀
手榴弾
消毒液







これさえあれば、小規模のテロやクーデター。
いや、機動兵器破壊すらも難しくはない。(ぉ
本当は北辰や火星の後継者達から襲われたときに身を守るための武器なのだが。



上記のような物が、四次元ポケットから溢れ出すように、マントの中から出てきた。





「あれ、みんなどうした、おい、プロスペクターさん、ゴートさん?」


みんな開いた口がふさがってない。
ゴートが自己紹介していないのにセレスが名前を知っていることに気付く人さえいなかった。
価値観のずれているセレスと一般人。
その価値観の違いが浮き彫りになる結果となってしまったが。

「こ、これって…モデルガンよね?」

ミナトがグロッグを手にとって言う。
しかし、全部刻印入りの本物だ。

「危ないぞ…」

セレスはミナトの手からソーコムをとろうとした。

「…(危ないから安全装置は外させないようにしないとな。)」

などと思ってミナトの方に近寄った。
が、時既に遅し。
トリガーガードの内側に手をかけ、引き金にも指を触れさせるミナト。

ガチ

そして、当てにならないグロッグの安全装置は取れた…

バァン!

チュゥン!

短い銃から打ち出された弾丸はセレスの後方にある壁へと突き刺さった。
人が居なくて本当に良かったが。

パチ

セレスはリコイル(反動)の残る銃身を左手で押さえ、マガジンを抜いた。



「あれ、みんなどうした、おい、ミナトさん?」







地面にマガジンから落ちた弾が散らばる。


……………………。


「「「きゃぁぁぁあぁあぁぁ!」」」
「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」
「「「!?」」」

堰を切ったように一斉に巻き起こる悲鳴。

「ごめんなさいごめんなさい!!」

「大丈夫!!!?」

「大丈夫だ、ぜんぜん何ともない。」

「…と、とにかく、火器類はこちらで預からせていただきます!」

プロスペクターが見えない早さで火器を集めた。
ゴートが身構えているが、別にセレスは攻撃の意思なんて無いのだが。

「セレスさん、べ、ベッドの搬入を…」

焦るプロス。
「やっぱり、雇ったのは間違いでしたかねぇ」などと内心思っていたのは秘密だが。
セレスは、足早に出て行くプロスペクターについていった。








「ここです」

ナデシコ内居住区、第二倉庫。
セレスはここにはじめて来た。
無論、テンカワ・アキトと名乗っていた頃は無縁な場所なのだが。
辺りを見回すと薄暗くて天井が低く、いろいろな生活用品が置かれている。
清掃用具もきちんと片付けられていて床も綺麗だった。

「これです」

プロスペクターは、そう言って折畳式のベッドを引きずる。
意外とまともな様だ。

「敷き布団、掛け布団は後から持っていきます。部屋の場所は…」

「一人でも良いが、頼む」

ルリの部屋は居住区Eだ。
プロスはセレスが散策でもすると思ったのか、正面にセレスを見、少々苦笑いを浮かべた。

「そうですか…では行きましょうか」

そう言ってセレス達はベッドを運び出した。






居住ブロック廊下にて。
廊下と名のつくくせに妙に広く感じる廊下。
様々な部屋があり、様々なものが未だ整然と置かれていた。
出航から数時間しか経っていないのに雑然としているのは格納庫だけだとセレスは改めて知った。


がらがらがらがらがらがらがら

ベッドの車輪が動く音が騒がしく響く中、やや早足で歩くセレスにプロスが続く。

「そう言えば、あなたはどこ出身ですか?」

会話のない時間に歯止めをかけるためか、セレスの情報を仕入れるためか、プロスは口を開いた。
そして、唐突な質問にセレスは迷った。
出身どころか、血液型、年齢すらわからない。

「実は…解からないんだ…」

記憶喪失という訳ではないが、ラピスと融合してしまったセレスの体は、前と体格も違うし、髪の色だって違う。
本人ですら解からないことばかりだ。

「と、おっしゃいますと?」

疑問を素直に顔に浮かべてプロスが問うた。
しかし、セレスは微笑を浮かべて首を傾け、プロスの方を向いた。

「言った通りの意味だと言うことだ。」

そんな事を言っている間にも、ルリの部屋の前に到着した。
セレスの表情をもう一度見て、プロスがカードキーを指しこむ。



軽い空気音と共に扉が横にスライドし、開いた。
セレス…もとい「Prince Of Darkness」がルリの部屋に入るのはこれが初めてだ。
男女交際禁止、男女間の部屋の行来を禁止など、様々なことがあったせいであって。
まぁ、それを普通に無視する艦長のペースに巻き込まれていたのも事実だが。

「あ、どうも。」

部屋の奥からルリが出てきた。
制服姿の所を見ると、まだ勤務中のようだ。
部屋の整理をしていたらしく、ベッドの位置がやや壁よりになっていた。

セレスは遠慮がちに中に入った。
部屋には天井に下がっている魚のプレート以外私的なものはほとんど見当たらない。

「よい、しょっと…ふぅ」

プロスペクターがベッドを広げ、位置を決めた。
ギリギリ、というには余裕があるが、それでも少し狭いことには代わりがない。

「これから一緒の部屋になって頂く訳ですが、仲良くお願いします。それでは」

プロスペクターがそう言って部屋を後にした。
しばらくすると、整備班の人間が布団を置きに来た。
丁寧に敷いたあと、整備班の人間は帰っていった。







「あの〜」

唐突にルリが上目遣いでセレスを見る。
その目からはセレスに対する不信感はあまり感じられなかった。

「さっきも質問があったんですが、何でそのバイザーをしているんですか?」

またそれか、等と思っているセレスだが、あえてそれを口に出さなかった。
だが、セレスはルリならば秘密を漏らすこともないし、納得できるだろうと考え、口を開いた。

「私は……つい最近まで目が見えなかった。」

ルリが少し驚く。
見開かれた目はただただセレスのバイザーを見つめていた。

「目が…ですか?」

「そうだ、目だけじゃなく、五感を完全に失っていた。
 歩くことさえまともに出来なかった」

セレスはそう言ってバイザーをはずす。
そして、現れたのは…。

「!!!!!!」

金色の目、マシンチャイルド達と同じ。
…ルリ自身と…同じ…。

「マシンチャイルド…なんですか?」

難しい質問だった。
厳密に言えば相違点はあるが、アキトはナノマシンによって運命を狂わされた。
考えてみれば、根底を見定めればマシンチャイルドと相違ないのだ。

「少し違う……ここから先はもう聞かないでくれないか?」

申し訳なさそうな瞳でルリを見やる。
男性なら一発で庇護欲に駆られてしまいそうなそんな雰囲気を漂わせていた。

「…わかりました。」

「ありがとう…」

セレスはそう言い終わった後、部屋を後にした。






メディカル・ルーム




清潔そうなベッドに消毒液の匂いが漂い、棚には様々な薬があって、机の上には全クルーの名簿がある。

「これからお世話になります。」

そう言って軽く頭を下げるセレス。
服装は変わりないのだが。

「頼んだよ、ただでさえ人が少ないんだから…」

本当に少ないのだ、最低数がそろっているだけの医療班、その数は10人も無い。

「じゃあ、これから怪我の対処法とか教えてあげるからこっち来な」

そう言ってセレスはカーテンの奥のテーブルに案内された。

「ナデシコには持病の人は居ないようだから来るのが多いのは多分コックあたりだろうね、
 たまに捻挫とか打撲とか切り傷くらいだろう。」

主任はそう言って薬をテーブルに並べていく。
どれもが新しく用意されたことが瞬時に判断できた。

「軽い切り傷、擦り傷はこれ、縫う位のは私達にいいな、火傷の場合、これで冷やして、怪我人の痛みが無くなったら、
 消毒液をかけて、消毒済みの針で水泡を潰して、滅菌ガーゼにこの薬をつけて張る、それでテープか包帯だね。
 打撲や捻挫の場合は、まず冷やす、時間にして10分くらいかね…」

流石一流、とでも言うべきか、手際もいいし説明もわかりやすい。

「じゃ、わかったね?それと、これ白衣、マントは脱ぎな」

そう言ってセレスに白衣を手渡した。
幾ら服装といっても黒よりは白の方が清潔感がある。

「別にカンファレスも特別ないし、薬も新品だから入れ替えも無いし、説明はここまで、今日からお願いするよ。」(カンファレス=医者の会議)

主任が時計を見やる、時計の針は、丁度12:30を指していた。
急に空腹感に襲われたセレスは現金な自分の身体に苦笑いを浮かべる。

「まずは飯にいっといで、午後から頼むよ!」

(面倒見もよさそうだ、医療班に入って正解だったか…)

そんな事を思いながらセレスはメディカル・ルームを後にした…










数分で食堂に着いた。
そして、セレスの復活した嗅覚に色々な匂いが入り込む。
カレーの香り、ラーメンの香り、もう感じることは出来ないと思っていたささやかな至福が再び味わえる感動にセレスは感謝していた。

「おー、いっぱいいる、開いてる所…無いか?
やっぱり来る時間が悪かったかな…」

しかし、食堂は超満員、見ての通り座る席など空いていない

「ジャンクフードでも食べるか…」

肩を落とし、落胆したように呟くセレスはクルリと回れ右をした。

「お〜い!」

振りかえってみるとミナトとユリカとメグミが手を振っている。
手は振っていないがルリもちょこんと座っていた。

「こっち開いてるよぉ〜!」

3人一緒に手招きされてしまい、そのまま去ってしまうことにも気が引けたのか。
セレスは食券を買い、4人がいる所へと足早に足を進めた。
腹も減っていたし、セレスはそこに座ることにした。

「セレスさん…でしたよね?」

妙に堅苦しい言葉を使うユリカ。
セレス自身、個人的に堅苦しい言葉は苦手だった。
そして、既に過去のユリカとは別人、そう割り切ることで初対面の様に振舞える。
そんな気がしていた。

「私のことはセレスで良い、ついでにそんなに堅苦しくなくて良い…」

そう言った途端、ユリカは喜色満面の顔になった。
本当に「お子様」である。

「でへへ〜、やっぱりそうですよね!フレンドリーが一番です!」

破顔するユリカを尻目に、興味なさそうに嘆息を吐くセレス。

「で、なんだ?」

唐突にセレスが突き詰める。
その言葉は嫌に鋭角的で、嫌な言葉だと、言ってから自分でも解った。

「いやだなぁ〜、ただ一緒にご飯を食べよう!って言ってるだけですよ!」

冷や汗を流すところ、とても素直だといえる。
セレスはそんなユリカに苦笑し、敢えて口を閉ざした。
数秒の沈黙の後、ユリカは口を開いた。

「セレスさんって、本当に女の子なんですか?」

急に真面目な顔に急転するユリカ。
その変化を楽しみつつも、セレスもユリカを見据える。

「なぜだ?」

「なんか、言葉遣いとか、素振りとか男の子みたいなんだもん。」

つい昨日まで男だったのだから、直せと言われても簡単なものではない。
それはセレス自身、痛感していることだった。

「それで〜出身は何処です?
 何歳ですか?」

無遠慮に、それもズカズカと人のテリトリーに侵入する発言。
普段なら軽く思えてしまう言葉も。
何時もなら何の気負いもなく受け流したりする言葉も。

今のセレスにとってはもどかしさしか感じさせなかった。

「……………………」

顔も自然と俯いてしまう。

「もしかして……怒ってます?」

セレスの顔を、ブリッジの時の様に申し訳なさそうに覗き込んでくるユリカ。
彼女に悪気はない。
それは解っている。
しかし、その純朴さが、今の自分にとっては自分を苦しめているのも事実だった。
経歴を作るのも、書き換えるのも簡単だ。
だが、今の自分はホワイト・ペーパーの様にただ真っ白で、文字通りに何も無い。
あるものは紙の下にある黒ずんだ下敷きと、これから先、何かが書かれる場所。
そして、セレスを苦しめているのもまた、不安だった。
もう、アキトではない。

過去など、ありはしないのだから。

「別に怒ってなんかいない…ただ…」

自然と右手に力が入る。

「ただ?」

ユリカが聞き返す。

「わからない、歳も、血液型も、生年月日も、生まれた所も…!」

何か、自分に苛立ちを感じた。
そして、吐露する言葉にも自然と強張りが混じる。
ユリカには悪気は無いのだろうが、セレスにはそんなものはない。

「記憶喪失ですか?」

記憶喪失、その都合の言い言葉を符合させるのには少々時間を要した。
記憶喪失の方が、何倍楽だろう。
何倍、苦しまずにすむのだろう。
そういった疑問が紡ぎだされるが、応えはない、答えは無い。

「記憶喪失のほうがまだ楽かもな……」



セレスのように、無い物を探すのではなく、在るものを探すのだから。
砂浜に落ちた1カラットのダイヤを探すならまだいい。
『存在する』のだから。
しかし、セレスの場合はまた違う。
広大な宇宙に、存在しないものを求めてさまようような、まるで不可能なこと。



「…ゴメンなさい」

ユリカがしょんぼりとした顔で謝る。

「別に謝らなくて良い…ほら、そんなもの無くても生存するのには支障はない」

ぷらぷらと手を振ってみせた。
どうやら、言いすぎたと彼女自身反省しているようだ。

「私は……」

セレスはそこまで言いかけて、はっ、と閉口した。

「でもさぁ〜、これから探せば良いんじゃないかなぁ?」

なんでもプラス思考に考えられるのはミナトの良い所だが、今ではユリカと同じだ。
無意味な、見返りのない、探しても、無駄。
それをやれば、楽になるという保証すらない。

「多分、無理だと思う」

更に沈んでいくセレス。
過去というものが、これほどまでに自分を安定させるものだとは、
過去が、これほど自分を証明するものだとは。

何もかもが遅すぎる、失ってからでは、遅すぎる。

「どうして?」

真剣な顔でメグミが聞く。

「言ってもいいが、それを聞く覚悟があるのか?」

その一言で、一同の顔が驚愕に変わる。
食堂の喧騒が、一瞬止まった様に思えた。
そして、バイザーに隠れた目と、バイザーに遮られている眼光は、しっかりと4人に向けられていた。
底冷えするような、戦慄にも似た震撼を覚える4人。
しかし、その雰囲気も一瞬で消え去り、変わりにセレスの苦笑いが現れる。

「ここら辺は今ごろプロスさんが調べていることだろうがな。
 ……しかし、私がここに存在することには変わり無い、別に証なんて無くても人は生きている…と、言うことだろう?」

すこし、みんなの表情が和らいだ。

「じゃあ、セレスさんは、どうして金色の目をしているんですか?」

またみんなの顔が驚きに変わる。
セレスは先程の会話で説明しきれていなかったと思い、ルリの方を見た。

「IFS強化体質だからな、ほら」

そう言って、右手のレザーグローブとバイザーを外す。
変わった形のIFS。
ナノマシンの効果は不明だが、セレスが自分でIFS強化体質だと嘘をついても、こんな形のIFSは見たことも、聞いたことも無かった。

「はぁ〜い!火星丼、ラーメン大盛り、チキンライス、スープスパお待ちどう!」

食堂を切り盛りしているホウメイガールズの一人、エリが、お盆に載せた火星丼、ラーメン大盛り、チキンライス、スープスパゲティを3人の前に置く。

「注文は決まってますかぁ?」

セレスに聞く、セレスは一応食券は買っておいた。
「醤油ラーメン」だ、

「はい」

食券を渡す。

「あ、新人さんだ…エヘへ〜」

セレスは、やや頬を赤らめて厨房に戻っていくエリを不思議そうに見つめていた。
その後、何故か厨房から黄色い悲鳴が上がったりしたのは…余談としておこう。

「…(もともとあんなのだったか?)」

疑問に首をかしげるセレス。
しかし、周りはそんなことに気付きもしない。

「いっただっきま〜っす!!」

食器がフォークと触れ合う音、人々の話し声、厨房での大声、全てが懐かしく感じられる。

「ご馳走様〜!!」

…早っ!


ユリカが食器を離した。
そして、また次の食券を買いに走るのだった。













≪あとがき≫

さて、機動戦艦ナデシコPOD、ACT-#02、楽しんでいただけたでしょうか?
大筋としては「これも前に書いた代物」です。
まぁ、色々合って全面的に改訂して、改訂して、の繰り返し。
昔の作品なのに消せなかったのは・・・なんででしょうかね。
処女作より遅く書き始めましたが、改訂を始めたとき、
「うわっ、すげぇ、今と違うよ・・・」なんて思ってたりします。
PODを改訂していて、
処女作を書き始めたのが・・・その二年前ですか。
歴史ありますねぇ・・・(ぇ)
まぁ、その頃から『侵食、変異、汚染』されましたからねぇ(ちらりと横を見る)
まだ処女作も続いてて書いていますが、正直書き方がぜんぜん違うんですよね。
友人にも言われますが。
まぁ、最初の頃は「これが若さか」みたいな感じですね。
今もそうか(苦笑)
とにかく、「これから作品を執筆しよう」とか「執筆中」という人にも当たることですが。
過去に書いた作品は消さないでとっておいてほしいですね。
なんか懐かしいというか、昔の書き方が客観的に見えてくるんで。

では、次回のACT-#03でお会いしましょう。

BY しょうへい




八頭です・・・
今回も改正だけの参加です。
うぅ・・・やっぱり頭が痛くなりますよ。
しかし、めげない様に頑張ります!!!
では、また後書きを書いた時に合いましょう

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