機動戦艦ナデシコ
Princess Of Darkness
ACT−#12「ターニング・ポイント」
―――
デタラメだ。と、思った。
無数の星が全方位に望めるコックピットの中、長髪の青年は怖気にも似た感情を抑えきれずに居た。
背筋に走る悪寒は一向に止まる素振りを見せようとしない。
それは何もモニターの向こうに飛び回る敵機に怯えているわけではないというのに。
自身が駆る人型兵器エステバリスの全長を軽く凌ぐ巨体、それがひたすらに恐かった。
少々面長の顔に体良く納まった高い鼻と切れ長の眼をもつ青年は、その整った容姿を歪にして額の汗を拭う。
―――
全く持って馬鹿げている。
アレはエステバリスとそう変わらない機動兵器だ。その機動兵器が何故戦場の天秤を傾かせるのだ。
あの機体が、木星蜥蜴に対抗しうる兵器として考案されたエステバリスの開発概念と異なることは知っている。
けれども、それで納得などできるものか。否、できるはずもなかった。
飛びぬけた戦闘結果をもつナデシコ。その立役者でもある機動兵器部隊において、異彩を放つプロトタイプ。
既に量産が決定していたエステバリスとは違う、その奇妙なシルエット。
全体的に丸いエステバリスと異なり、人工的な冷たさを見る者に与える鋭角的なボディ。
もしそれが荒々しいだけで粗暴な動きをしていたのなら、ある程度は怖気も少なかっただろう。
だが、その機動兵器の戦いは異常なまでに巧い。
故にその巨体が明確な意思を持って戦っていることは自明の理。
「…。」
青年、アカツキ・ナガレはそれを畏怖する。
怖いという感情はあまりなかった。
ただ、そんなくだらない感情に、体が従順になってしまっただけだった。
しかし、意識してしまえば恐ろしさは静かにやってくる。
眼が覚めたとき、自分は展望室に居た。
平和な緑と無粋なエマージェンシーアラームに某かの錯誤を覚えたが、そのときはまだ良かった。
エステバリスに飛び込み、宇宙に躍り出た、そこまでは良かった。
「なんで、もう、恐くなんか…なくなったはずなのに…!」
テンカワ・アキトは一人、編隊から外れてしまっていた。
紅いアイセンサーの尾を引いて飛び回る黄色い蟲を見た途端、体は鉛のように硬くなった。
というのも、頭にこびりついてはなれない光景のせいだろう。
人というものが、血の詰まった皮袋であるという事実を突き出した木星蜥蜴の蟲。
あんなにも怨んでいたはずのフクベを一瞬で、あっけないほどで消した奴ら。
憎たらしいくらいに厳然とした己を崩さないフクベでさえ、まるでモニターを切るような唐突さで居なくなってしまったのだ。
そう、まるで何の感情もなく、スイッチを切るように。
「う、……うわぁあああぁ!!」
何の前触れもなく、駆動音だけを響かせて無情に。散らされる命。
昔火星で知り合った愛らしい少女も、贖罪で余生を生きようとした老翁も。
皆、あっけないくらいに死んでしまった。あの紅いアイセンサーに見つめられて、皆死んだ。
今の今まで忘れていた喪失を、突然に、あるいは当然に意識してしまった。
気がつけば、ワインレッドのエステバリスは自分を庇うようにして丸まっていた。
頭を庇い、膝を折って、人でもないくせに本能的な防御姿勢をとる。
それは、皮肉にもIFSから伝わるアキトの意思を忠実に再現しているだけだった。
『テンカワ! おいっ! テンカワ!!』
リョーコの通信ウィンドウがアキトの顔の横に現れ、怒号を放った。
けれども、それも右から左に抜ける。
戦えない。逃げるしかない。逃げられない。怖い。恐い。
背中に嫌な汗が伝う。
パイロットスーツの内側は、もうそんなもので満たされてしまっているような気がした。
もしくはそれが体から溢れた恐怖か。
こめかみ辺りから伝った汗が頬をすべり、顎に落ちようとしたところでヘルメットに救われた。
息が荒い。体がどうしようもないくらいに震えている。
汗でべとべとになった手のひらで、爪が痛むくらいに握り締めたIFSコネクタ。
エステバリスが自らを庇うように手を振り払うが、当たりもしない。
『だれか救援を!』
『言われなくても向かってるよ!』
メグミの悲鳴に近い声、リョーコの自棄な声。
蟲はアキトを弄ぶように、エステバリスの周りを飛び回る。
リョーコのエステバリスが最大出力で機体を加速させた。
巻き上げた青白い炎が彗星のような軌跡を描き、ワインレッドのエステバリスに向かう。
それでも、蟲はそれをあざ笑うかのように、アキトのエステバリスへと針路を変えた。
一足遅かったリョーコのエステバリスが数十メートル前まで迫ったところで、アキトのエステバリスが蟲の集中攻撃に
―――
―――
さらされることはなかった。
蟲より先に蒼い影がワインレッドを攫っていったのだ。
『ここは危ない、早く下がりたまえ!』
『誰だテメェは!』
蒼は人の形をしたロボットだった。エステバリスとそう変わりない姿形。
アキトのエステバリスを抱えながら、それは手を突き出してリョーコを制した。
それには流石のリョーコも食って掛かった。
いきなり戦線にしゃしゃり出てきて味方機を援護したと思えば、今度は下がれと来た。
機動兵器戦闘についてはナデシコに属するリョーコたちに一日の長がある。
母艦の戦闘能力が満足に発揮されない以上、ここは機動兵器で敵機を駆逐するべきだ。
小型の蟲が少なくなってきて、敵戦艦を畳み掛けるには今だというのに。
しかし、後ろに展開していたヒカルとイズミがようやく追いついた頃、リョーコは先の言葉の意味を理解した。
「!?」
真っ黒な宇宙に、数条の光の帯が疾走する。
半透明の帯の向こう側を覗けば、微かに歪められた星の群れの像。
一直線に伸びるそれは正に奔流と、それの射線上に居た木星兵器群は成すすべもなく破壊されていた。
続いて第二射。
僅かに残っていた戦艦の反撃さえ飲み込んで、その数条の光…多連装のグラビティブラストは月軌道上に存在していた敵勢力を完膚なきまでに打ちのめしたのだ。
あっけないまでの、第四次月攻略戦の終結であった。
あのグラビティブラストの束に紛れていたらと思うと、ぞっとしない。
リョーコは怒鳴った口をゆっくりと閉じて、眼前の機体を睨むしかなかった。
巨大な戦艦が、勝鬨でも上げるかのようにゆっくりと大きくなっていく。
いや、距離感のない宇宙では遠近感がつかめないだけで、その戦艦は事実ナデシコに近づきつつあった。
リョーコのコックピットの中、モニターのうちの一つに拡大されたその船の外壁が映る。
地球の後ろから覗く太陽を照り返して燦然と輝く美しい船体。
その大きさは中型艦のナデシコさえ軽々と飲み込んでしまわないかと思うほどに大きい。
ナデシコと同じ色をして、その実、形は前時代の戦艦と似通う葉巻のような具合である。
中でも一番目を惹いたのが、冗談のようなマーキングだった。
…NERGAL ND−002
《COSMOS》
「そうです。 あれがナデシコ【二番艦】、コスモスです」
高らかに告げられたプロスの言葉に、ブリッジの面々は少しの間静まり返る。とかく、わからないことだらけだ。
混迷を続ける一同を知ってか、艦橋中央部メインウィンドウには「NERGAL ND-002. COSMOS」というマーキングと、「ようこそ、コスモスへ」といった文字が躍っている。
「あっちがこっちの着艦を求めてますけど、どうします?」
どうやら、先のメインウィンドウはルリの配慮らしい。
コンソールパネルに諸手をおいたまま、現在の状況分析をあらかた済ました彼女は艦長であるユリカに顔を向けた。
「えぁ? 着艦? どういうこと、ルリちゃん?」
「ナデシコ二番艦“コスモス”は、ナデシコのドック艦として建造されましたからねぇ」
ユリカが問い返したところにプロスが答える。
しかしながら、ナデシコの二番艦が存在するなどという話はさらさら聞いたこともなく、疑問は深まるばかりだ。
ウィンドウの向こうに悠然と浮かんでいる、件のナデシコ二番艦。
どのように収容されるのか、と考えをめぐらせている間にその艦、コスモスの艦首へ縦一文字に筋が生まれたかと思うと、そのまま艦尾手前まで二つに割れてしまった。
続けざまにナデシコへの着艦許可が送られる。
なるほど、ドック艦というのは言いえて妙だ。
ナデシコを修理する機能を備えた戦艦。
ステーションや本格的なドックでしか停泊すらさせてもらえない中型艦、ましてや地球軍に正面から反発したネルガルのナデシコとあらばそれらに易々と寄航すらできるまい。
出来ないなら出来るようにすれば良い、実に合理的だ。
その後、ナデシコは軸あわせのレーザービーコンの誘導に任せて後部からコスモスに収まった。
「それはそれとして、艦長。先ほどから本社が艦長にお話したいと…」
「本社…ですか?」
見事なまでにすっぽりとナデシコの船体が収まったことに感心しつつどこか上の空な様子のユリカに、プロスは神妙な顔で告げた。
戦闘後の忙しさに輪をかけて騒々しい格納庫では、丁度エステバリス全機が着艦してメンテナンスベッドに収まったところだった。
赤、エメラルドグリーン、オレンジ、ワインレッド、青のエステバリスにはほとんど被弾の跡が見受けられない。
それもそのはず、エステバリスたちが相手にするはずだった小型兵器は、そのほとんどがゼロとナデシコ二番艦によって駆逐されていた。
落穂ひろいのような役目であったが、出撃のタイミングからしてもそれは仕方のないことだった。
片や大剣を振り回し、夕立のように鉛弾を降らせる機動兵器。
片や圧倒的な火力で広範囲の敵勢力を掃討したコスモス。
介入できる余地など最初からなかった。
エアロックがなされ、隔壁の向こうからゼロが格納庫に入ってきた。
巨大な剣こそ無いものの、深刻な被害は無いようである。
機体の急激なマニューバーで外れたミサイルランチャーのカバーや、流れ弾でへし折られたと思しきアンテナ。
とてもではないが、地球軍の艦隊を翻弄していた小型兵器の半数を蹴散らした後とは見えない。
全長十メートルの巨体が一歩足を進めると、格納庫中から歓声が上がった。
「すごいねぇ、セレスさん」
「ったく、一人で良いとこ取りだぜ」
巨体を見上げたヒカルが小さく呟くと、傍らの資材に腰を落としたリョーコが口を尖らせた。
「大体このゼロだかなんだかってエステ自体規格外なんじゃねぇのか?」
「だよねぇ、うちらのが新型だって聞いてたのにねぇ」
リョーコの隣に落ち着いて、ヒカルは溜息を吐いた。
「プロトタイプエステバリス【ゼロ】」
イズミがウクレレを取り出そうとしたそのとき、先ほどの青い影…アキトを助けたエステバリスから降りてきた人影がそう告げた。
聞きなれない声だからか、多少硬い顔で振り向いたその先には、美男子がいた。
ロングヘアに鋭い眼。飄々とした口元は笑みではなく余裕が端を吊り上げさせている。
大きく露出させてある筋肉質な胸元にはチョーカーが垂れ、引き締まった体が野性味を感じさせた。
格好はいわずと知れたナデシコパイロットの赤い制服。
リョーコたちに歩み寄ると、その青年は腰に手をやって目線を下げた。
そうでもしない限りは、長身のおかげでリョーコたちの首が痛くなりそうである。
「木星蜥蜴に対抗するために立案されたエステバリスプラン。現行の二つ前の機体だよ」
「誰だよ、てめえは」
おっと、と軽くおどけたような素振りで諸手を肩の高さで上向けると、気さくな調子で彼は笑った。
「申し遅れたね、僕の名前はアカツキ・ナガレ」
優雅な動作で恭しい一礼をすると、アルカイックスマイルのままで続けた。
「コスモスから来た男さ」
――
さて、困った。
気がつけばコックピットの中にいたというのは、いろんな意味で不幸中の幸いだったかもしれない。
敵襲…というよりかは会敵には素早く対応できたし、何より戦術ウィンドウで現状を把握できた。
メリットはそれ以上にある。…というのも、今の格好だ。
病院で着るような、妙にカサカサする検査服、しかもプールから上がったばかりといわんばかりの濡れ具合。
こんな姿で艦内をうろつくなど、とてもじゃないができそうにない。
それ以前にいつの間にこんなものを着せられてしまったのだろうか。
セレスは、己の記憶と、さっきルリの言った言葉を重ね合わせた。
それでも、頬を殴られたぐらいで何故こんなものを着なければならないのだ。
下を見る。
二つの丘がある。丘のてっぺんには、ちょんと突き出た小さな出っ張りがあった。
――
おかしい、こんな場所にボタンがあるはずが無い。
一瞬驚いてたじろいでしまったおかげで、シートのリクライニングがゆっくりと倒れてくれた。
二つの丘から垣間見える、真っ白なデルタ地帯。
…胸のボタンはどうやら服とは関係なかったらしい。
真っ黒になった正面の空間には、思わず息を呑む妙齢の美人が映っていた。
体に不釣合いなくらい大きいシートに腰掛けて、汗で張り付いた布一枚と下着を身に着けて、あられもない姿をさらしている。
青年雑誌にでも載っていそうなそんな光景を見て、思わずセレスは唾を飲んだ。
それから、真っ黒の空間に映る美人と自分が同じ挙動をしていることに気づくと、セレスは真っ赤になって俯いた。
「そういえば、自分なんだよな…」
しおらしい動作で、深く深くシートに腰を落とす妙齢の美人。
最中で捲れ上がった検査服のせいで、今度は下半身が露になった。
すらりとした脚、健康的に引き締まった太もも、きゅっと括れて色っぽい腰つき。
「自分で自分に興奮するなんて、どうかしてるよ全く」
大きな溜息。
太ももに落ちて、ひんやりとした感覚をもたらされて初めて気づいた。
――
それもこれも、まだ自分自身を確定し切れていないせいなのだと。
男であった自分が、鏡に映った男である自分をみたならば、別段何ということも無い。
逆に女になった自分が、鏡に映った女である自分を見たならば、どうだろう。
男性という意識が残っている限り、異性の垣根は残り、変わってしまった自分自身の体を認めにくくなる。
既に存在しない己の肉体に執着しているのか、それとも、通常ではありえない変化に頭がついていけてないのか。
現在の自分自身の体を認めないということは、現在の自分自身を肯定しないということになる。
存在しない自分
(
アキト
)
という存在を肯定するか、
存在する自分
(
セレス
)
という存在を肯定するか。
二十数年培ってきた自分
(
アイデンティティ
)
が白紙となってしまった分、それはいずれ解決しなければならない問題だった。
これまでの自分を肯定したら、これからの自分はどうなるのか。
これからの自分を肯定したら、これまでの自分はどうなるのか。
なかなか、答えを出せない難問だった。
そのフラストレーションから思い知るのは、やはり、自分はまだズルズルと昔を引きずっているのだということ。
「女々しいな、…って、今は女だっけな」
答えに行き急いでいた自分の姿が、何故か笑えた。
【今】は着実に動いているのだ。
「さて、服…どうするかな」
なら、答えを出すのは、もう少し先で良いかもしれない。
「基本設計概念として、現行のエステとゼロとは決定的な差がある」
アカツキ・ナガレは、教鞭を振るうかのようにして高らかと語りだした。
アキトを除いたエステバリスパイロットの座る資材を席に見立てて、アカツキは悠々と話す。
「第一に、エステバリスは重力波ビーム圏内での集団行動が基本になってるよね」
「まあな」
リョーコの相槌を満足げに受け取るアカツキ。
「それに対してゼロって機体は、単一としてあらゆる戦局に対応し、かつ単機として戦場を席巻するように設計されてるんだ。まぁ、簡単に言えばスタンドアローンの暴れん坊ってとこかな」
「そうなんだ?」
「じゃなきゃあそこまで手の込んだつくりにはなってないよ」
「確かに」
ヒカルとイズミの頷きを貰って気分を良くしたのか、アカツキは目元を少し緩めて格納庫の奥に鎮座しているゼロを眺めた。
「だから、装甲の強度やブースター総出力、内臓ジェネレーターの有無なんてエステバリスとは大分違う」
「でかいのにノロマじゃないのはそういうことか」
「ご名答」
今度はガイが興味津々と言った面で詰め寄る。
と、アカツキはそれを軽くいなして女性たちにいい顔をして見せた。
「そして、最大の特徴はコックピットが分離式になっていないこと」
ノンアサルトピットタイプ、と俗に称されるゼロのような方式。
アサルトピットを有する現行のエステバリスとは違い、接合部分の脆弱さが克服され本体の剛性は飛躍的に上昇した。
装甲の増加も相まって、ディストーションフィールドをなるべく発生させない、エネルギー温存策が可能になる。
これこそが、ゼロの狙いであり、単機攻勢でのサバイバリティを向上させる一手であった。
「おかげでゼロは個体として非常に有能なカタログスペックを持つに至った」
「カタログ…どういうこった?」
リョーコの問いに、アカツキはあくまで笑顔を崩さない。
「本来IFSは簡易的な操縦を除いて、殆どが人型を操縦することに適している。
でも、ゼロの場合はマニュピレーターを使う攻撃方法以外に、アタッチメントに装着される兵装があった」
「つまりはアレか、俺たちが人間である以上、そういうのを扱うための正確なイメージングが難しいってか?」
「冴えてるねぇリョーコ」
「それについては同感ね、あたしたちだって砲戦のミサイルは殆どコンピューター制御みたいなものだし」
人間が人間である以上、兵器支持架の正確な操作などできない。これがIFSの欠点といえば欠点か。
移動に関して、正常な方向感覚と移動手段の選択は、結局のところ人間の動作の延長にあたる。
そのイメージは無意識下にも反映されるほど慣れ親しんだ動作であり、自分の分身として、自分の手先とマニュピレーターに委ね、ラピッドライフルを小銃のように握る。
だが、各所に取り付けられた兵装を使用するのに、ゼロの場合は多岐化しすぎた。
「しかも、武装の安全装置のつもりで、その兵器は殆どがマニュアル操作になってる」
「結局はどういうことだよ」
やっかむリョーコ。
どうやら、アカツキの回りくどい説明に痺れを切らしたらしい。
「そうだね、頭の中で機体を動かしながらも頭の中で武器を選んで頭の中で引き金を引くって感じ。
つまりは、僕らがやってるように、エステに成りきるというより、エステをオペレートする感じじゃないかな」
「あん?」
砲戦フレームの場合、ミサイル系は火器管制装置に任せて発射のみを指示する。
だが、ゼロの場合は敵機の捕捉から火器の発射までのすべてをIFSを通じて行わなければならないのだ。
加え、アタッチメント基部の使用切り替えも含めて、機体重量ゆえ無装備状態でもワンテンポ遅れる機体の挙動。
どう考えても、及第点をあげることができない兵器体系が、ゼロである。
「自分の体にあの兵器を重ねてごらんよ、肩にランチャーやらガトリングやらつけてさ。
それで、何処にどの武器があって、どうすれば動くのか、わかるかい?」
「わかるわけねえだろーが」
ムスッとして返すリョーコとしては、もう少し簡単に話して欲しかった。
「そう、そのとおり。AI制御で引き金を引くならまだしも、アレの場合は何から何まで自分でこなさないといけない。火器管制もね」
しかし、リョーコの放った言葉に対し、アカツキは満足げに大きく頷いた。
そんなアカツキの言葉は驚くほど単純で、わかりやすかった。
「うげっ」
考えられる話ではない。
もともと、人の挙動を再現するために装備された兵装を使用するエステバリスだ。
それ以上の挙動をするゼロなど、己の想像力を二ステップほど超えていた。
「そんなもんだから、時代遅れの漫画みたいなコンセプトと煩雑な操作方式のおかげでテストパイロットに嫌われたゼロは、
優れた性能を持ちつつも実用性は低いって見られたんだ」
宝の持ち腐れ。分不相応な性能を有した個体は、操作性という問題に突き当たった。
「でも、さっきはバンバン動いてたよね。 これってどゆこと?」
それに対してヒカルの問いは尤もである。
煩雑な操作方式、時代遅れのコンセプト、低い実用性。
先ほどの戦闘を見て、何処にそんな言葉が浮かぼうか。
エステバリス単機ではとても相手にできそうに無い敵機の数にひるむことも無く、ゼロはそれらを一蹴したのである。
人型兵器の限度を超えた行動を見せられては、この機体についての文句も閉口せざるを得なかった。
「ゼロのポテンシャルを完璧に引き出せるパイロットが現れたってことさ」
とどのつまりの結論は、案外安っぽいものだった。
要するにそういうことで、そういうことしかありえないのか。
「だけどよ、テストパイロットとやらはどうしたんだよ、うまくいかなかったみてーだけど」
と、ここで薄々と感じていた疑問がリョーコの口をついて出た。
この規格外なゼロは、元々セレスというパイロットを予期していたものではない。
ならば、先の会話でまろびでたテストパイロットという響きは単に気がかりなだけだ。
機体が嫌われた、ということは、それほど操縦者にとって乱暴な機体であるという事を示唆している。
だとしたら、この機体を忌避したテストパイロットはどうなったのか。
完全に性能を引き出せるセレスと、それができなかった人間とは、いったい何が違うというのか。
その答えを、アカツキはさも詰まらない文面を読み上げるかのように平坦な口調で言った。
「もともとノンアサルトピットタイプはいわくつきだったけど。
今回のシリーズに事故は無かったのに、テストパイロットはアレに乗るたびに数分で嘔吐して、最後にはノイローゼになったって話」
「うわ、ひでぇな」
増加した自重の機動を高めるための急激な加速、それによるIFS伝達処理と肉体のストレス。
ワンテンポ遅れた処理が追従しない、命令。
結局稼動することでも、不安定な因子によって性能が上下する
CPU
(
ヒト
)
が行う、高いスペックを要求するソフトのような挙動だ。
それに加えて、火器管制さえ行えというのは、ある種の拷問である。
意思に従順ではない機体の動作は、操縦者にとって耐え難い苛立ちを与えるしかない。
「しょうがないよ、人間が人間以上の動きをするとなれば必ず無理がでるんだから。
といっても、今のアレを見てる限り、そうは思えないけどね」
そういった兵器としては落第のゼロを、【ああ】まで使いこなせるのは、最早異常としか声が上がらない。
そんな気さえ覗かせるアカツキであったが、リョーコたちは逆にその結果を畏怖するものではなく、賞賛すべきものとして捉えていた。
「セレスは…あいつはちょっと違うからなぁ」
羨望というか、憧憬というか、そんな具合。
リョーコに限らず、ナデシコのクルーは皆してセレスを異常だとは考えていない。
たとえ普通の人間にはできないゼロの操縦だろうが、エステバリスのすばらしい操縦だろうが、それらは単なる特徴に過ぎない。
アキトは優柔不断だとか、ユリカは能天気だとか、それくらいのモノでしかない。
ただちょっとだけ…いや、トンでもなく容姿が整っていて、スタイルも良くて。
人当たりも良くて、面倒見も良くて、時に周りから少し浮いているだけの、戦友。
「セレス?」
リョーコの呟きから不自然に空いてしまった間は、おそらくアカツキを除く一同が彼女と同じ思いを浮かべたからに違いない。
唐突に置いてきぼりを喰ったアカツキは、あまり似合わないキョトンとした顔で聞いた。
「うん、アレに乗ってるパイロットだよ。もうすっごく美人なの!」
すると、すかさずヒカルがゼロを指差す。
「ふうん、美人か」
美人。
アカツキとしては自分が今囲まれている三人の年頃の女性たちも十分美人の範疇にはいる…のだが。
彼女たちがそう言うのだ。きっと、件の彼女は
――――
。
「あ、こいつ鼻の下のばしてら」
「花の下、死体がいつも埋まってる…むふ」
あきれ返ったリョーコの呟き、ようやく出番の来たウクレレを弾くイズミ。
次のコスミケに出す同人誌のモデルにアカツキを決めたヒカル。
途中で会話についていけなくなった頭がオーバーヒートして煙を上げているガイ。
麗しの妙齢を夢想してだらしない口元をほころばす、いまいち格好のつかない美男子。
…奇妙なエステバリスチームに、また一人、奇妙な男が加わった。
また、戦闘が終了した。
でも、なぜか指先は未だ震えている。
メンテナンスベッドで沈黙しているワインレッドのエステバリスは、まだコックピットハッチを開いていない。
コックピットのなか、やっとIFSコネクタから諸手を引っぺがしたアキトは、中途半端な溜息を吐いて背中をシートに押し付けた。
必要の無くなったヘルメットをゆっくり取り去ると、頭に張り付いていた汗が小雨のように降り落ちた。
ナノマシンのパイロットスーツをオフにして、また溜息。
――――
本当に、情けないったらありゃしない。
自嘲気味な吐息をもらすと、無力感と苛立ちが鈍くなった頭に入り込んできた。
木星蜥蜴の兵器なんて、もう怖くなくなったはずだった。
エステバリスを駆り、地球の平和を守るために戦っていたはずだった。
それなのに、今の戦いではそんな安直な思い込みなんか全く意味を示さなかった。
敵は間違いなく殺戮を目的としていて、それさえも自分はわかっている筈だったのに。
二年前も、火星の人たちがたくさん殺された。
この前も、フクベ提督が殺された。
黄色の虫は、ただ動き回るだけのターゲットではないと、知っているはずだった。
一方的な命のやり取りの場面というのが、今のこの戦場なのだ。
死ぬのは人間だけで、機械はそんな痛みなんて知ったことではない。
木星蜥蜴がそれほど恐ろしいということを、今更になって思い出した。
自分はロボットに乗って世界のピンチを救う、ヒーローなんかとは、別物なのだ。
撃たれれば死ぬし、毎週決まった時間に現れるわけでもない。
フクベのおかげで知った、人間の死に易さ。
そのせいで、恐れだけが自分の中の部分の多くを割拠していた。
自分が戦うということは、自分を生かすということ。
されど、人のために戦っていたら、いつか自分を疎かにして死んでしまうだろう。
それでも、自分だけのために戦えるほど、自分はまだ強くない。
…難問だった。
答えが欲しかった。
『おーい、聞こえてるか?』
人に聞けば、この答えは出るのだろうか。
サウンドオンリーで現れたウィンドウに向かって、アキトは問いかける。
「セレスさん…セレスさんは…」
『?』
「戦うのが怖くないんですか?」
『そりゃ、怖いさ』
返答は端的過ぎて、少々困った。
「なら、どうして、何のために戦うんですか?」
『…それを聞いて、どうするんだ?』
そう切り返されるとは、正直考えていなかった。
言葉を選べずにどもっていると、ウィンドウの向こうの女性は全て悟っているかのように、告げる。
『そういうのは自分で見つけるもんだ。模範解答なんかありゃしないし、人の答えは自分にとって大概ロクなもんがない』
一切合財、甘えを断ち切られた。
彼女は、今の彼女自身の答えがアキトのモノにならないようにと、そう言ったのだ。
けれど、今、現在の答えとしては、それが一番良かったのかもしれない。
「そう…ですよね」
『と、しょぼくれてる所悪いんだが』
「?」
『用事を頼みたい』
こういう人の気分を知っていてわざとらしくこんな不躾なこと軽々と言ってくれるのが、彼女らしくて嬉しかった。
「あら、どうしたのルリルリ?」
忙しさの気配も薄れたブリッジで、まだお勤めの残っている少女が立ち上がったのをみて、ミナトは声を上げた。
「部屋の前で待っていて欲しい、ってセレスさんが」
「ふぅん。ま、コスモスに収まったから私たちはやる事ないし、いいんじゃない?」
「じゃ、オモイカネ、あと宜しく」
そういうなり、ルリは足早にブリッジに別れを告げた。
「どうしたんでしょうね?」
早々に艦内制御をオモイカネに託したメグミは、大きな伸びをしながらミナトに聞く。
「さぁ?」
心の靄は晴れている、けれども、腑に落ちない点があることは否定できない。
ルリは、艦橋から居住区へ向かうエレベーターに向かって歩いていた。
普段聡明なセレス、戦闘では恐ろしいくらい獅子奮迅の活躍を見せるセレス、艦橋で見たあのセレス。
どれが本当のセレスなのか、ルリにはわからなかった。
堂々巡りを続ける思考は、最終的に最初の疑問にたどり着く。
それからまた最後の結論にたどり着き、その最後の結論は最初の疑問だと気づいて、ルリは頭を抱えた。
エレベーターホールに着く。
エレベーターは下層から上昇中。
やがてやって来たエレベーターに乗ると、ルリは疲れた様子で生活居住区の階層のボタンを押した。
せめて、複雑に入り組んだ疑問と結論の整理だけはこの場所でつけておきたかった。
チン、と軽快な音がして、エレベーターの扉が開いた。
眼前に見えるのは、居住区と大きく書かれた壁。
しかしながら、一ヵ月半以上もこの戦艦にいるのだ、そんなものは見なくても解かる。
ただ、ここから目的地に到るまでが、たった今問題になった。
「なんでここにいるんですか?」
「ちょっと、頼まれごと」
エレベーターホールには、一足先にもう一つのエレベーターから出てきたテンカワ・アキトがいた。
…先のいざこざもある。
気まずい空気は未だ払拭されていないし、ルリの頭の中には彼に対する嫌悪が染み付いている。
だから、ルリはそれ以上の会話をしないためにも、足を動かした。
…それなのに。
「なんでついてくるんですか?」
「方向が…一緒だから」
覇気の無い顔をぶら下げて、テンカワ・アキトは空しく笑う。
そんな情けない顔が、ルリの癇に障った。
「そうですか」
努めて平静に、無感情を装って応対する。
そのまま、ルリは自分の部屋の前まで歩いていった。
「何か用ですか?」
「セレスさんが、服一式持ってきてくれないかって」
「そうですか」
元々薄い感情しか表に出さなかったルリだが、今はそれにも増して酷かった。
しかし…、振り返って表情を険しくした。
「私、アキトさんのこと、まだ、許したわけじゃありませんから」
「わかってる。俺だって許してくれなんて、言えない」
苦いものでも含んでいるような顔で、アキトは言った。
「けど、後悔してる。言葉にするとなんだか薄れちまいそうだけど、俺も…嫌な気分で一杯なんだ」
懺悔の吐露。
後悔の深みに落ちていくアキトの顔を見て、ルリもいくらか溜飲を下げた。
そうだ。
アキトだって、セレスを打とうと思って手を上げたわけではない。
こうして、不意の出来事にここまで気分を落ち込ませているということは、ルリと同じ気持ちを自分に対して持っているのだろう。
大切な者へ向かった暴力に対する憤り、それが自責となって彼を苛んでいる。
それなら、合格点だ。
「私、きっとすごく怒ってます」
「…うん」
「でも、セレスさんが許してくれたら、私も赦してあげます」
「…それで、いいのかい?」
オドオドと聞き返すアキトに、ルリは…少しだけ柔和になった顔で告げた。
「打たれたのも、泣かされたのも、私じゃありません。
それに、セレスさんが笑って赦せるなら、私がいくら怒っても…それは意味が無いんです。
巧く言葉にできませんが、セレスさんさえ良ければ、…私もそれでいいんです」
「お、さんきゅー」
「って、セレスさんなんてカッコ「しー!」…してんすか全く…はぁ」
コックピットカバーがスライドされ、キャノピーの開いたコックピットを覗き込むようにして、アキトはゼロの胸部に乗っかっていた。
メンテナンスベッドに無装備状態で体を預けているゼロには既に戦闘の余熱などなく、比例して格納庫の人気も疎らになっている。
体に不釣合いなほど大きいシートに座っていたセレスは、アキトが持ってきた着替えをコックピットから這い出て受け取ると、軽い挨拶の後またそそくさとシートに戻ってしまった。
「…今から着替え」
「あ、すんません」
コックピットを開けっ放しにしたまま、今しがた渡された制服と下着を纏い始めるセレス。
そんなはすっぱな彼女に驚いて、胸部フィン上の装甲に腰を落としたままアキトは心臓の動悸を落ち着けていた。
キャノピーが開いたと思えば、これまた随分と扇情的な格好の女性がいるではないか。
上着といえば上着でもある検査服を着ていたが、汗のせいで透けてしまっていた。
鼻腔をくすぐる、柔らかい甘い匂い。
どこか懐かしいようでいて、暖かい感触が呼び起こされる。
「そういや、アキト。ルリはどうだった?」
追憶に後一歩というところで、アキトの頭は現実に引き戻された。
「あ、はい…セレスさんを心配してま「覗くな」痛ッ!」
コックピットを覗き込んだとき、履き替えたパンツの上からストッキングを穿いている途中の、すらりとして長いセレスの脚の踵がアキトの後頭部に突き刺さった。
「痛た…、でも、本当なんていったらいいか、セレスさんのお膳立てで仲直りもできたし…」
「ん?」
「そうやって知らないフリしてますけど、本当はセレスさんは「だから覗くなって」あ痛!」
またしても顔をコックピットに向けたアキトの額に、今度は上の下着を着けないまま羽織った制服の袖を通すように、鋭いパンチがクリーンヒットした。
あとがき
前回と打って変わって戦闘終了から嵐の前の静けさまで。
たらたらと書いていたらもうこんな大きさまで至ってしまってさあ大変。
今回あたりで区切る予定だったんですが、展開遅すぎじゃないとかいっちゃいけないですよ。
ほら、BSとかのアニメだって12〜13話くらいで第一クール終わるじゃないですか?
まぁ、その分持てる力を使ってこの後の展開の脚色をがんばってます。
オリジナル要素がどうも原作に比べて淡いので、そこらへんの足場を固める位置づけになりそうですが。
要素としてメカニック、ここポイント。
ゼロはもちろんのこと、それ以上のものも一応手がけています。
実際、ゼロが10メートルくらいなのでエステとのバランスも兼ねててこずってるわけです。
出来たら設定とかパースとか結構掲載する可能性ピコグラムくらい?
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